京野菜「万願寺甘とう」の栽培現場へ潜入!IoTで栽培ノウハウを可視化し安定供給を目指す
KDDIは2018年より京都府舞鶴市と地域活性化を目的とした連携協定を結び、魅力ある第一次産業の創出を推し進めています。その一環として2020年3月から取り組みを開始したのが、KDDIのIoTソリューションを用いて、京野菜「万願寺甘とう」の安定生産を目指すスマート農業の事業です。
京都府の定める「京のブランド産品」にも認定されている、舞鶴市発祥の京野菜「万願寺甘とう」
● 農業振興のカギを握る、万願寺甘とうの安定生産
京都府の北部に位置し、日本海(若狭湾)に面する舞鶴市は、総面積の79%が山林で占められています。ゆえに、自然豊かで水資源が豊富である一方、農業の振興という面ではさまざまな難しさがあります。
その難しさを、舞鶴市 産業振興部 農林課 農業振興係 係長の林 亜起さんは、「当市では他地域と同様に農業における担い手不足や後継者不足といった問題と対峙しているのに加えて、平地が少ないことから、農地が点在して大規模栽培が難しく、収入面に不安定さがあるという課題を抱えています」と説明します。
舞鶴市 産業振興部 農林課 農業振興係 係長 林 亜起さん
こうした課題の解決に向けて、同市では万願寺甘とうなどのブランド化された作物や、トマトやイチゴなどの高収益作物の生産を推進し、生産者の収益力を強化する取り組みに力を注いでいます。その取り組みの一つとしてKDDIとスタートさせたのが、スマート農業の事業です。
この取り組みは、KDDIのIoTソリューションを使い、万願寺甘とうの生産ノウハウを「見える化」することで、安定生産につなげるというものです。
その事業を始動させた経緯について、林さんは、「万願寺甘とうは人気の高い京野菜ですが、栽培が難しく、生産者によって収穫量にバラつきが出やすい作物です。その生産を安定化させ、大都市圏などへの販路を拡大させることは、新たな農業の担い手や雇用の創出につながる施策であり、当市における農業振興のカギとも言える取り組みです。そこで、2018年から当市の地域活性化に尽力いただているKDDIさんに協力を仰ぎ、IoTソリューションによって万願寺甘とうの生産ノウハウを、見える化する試みを始動させました」と振り返ります。
この事業の重要性について、万願寺甘とうの生産者の1人で、同産品の生産者278名(2024年11月時点)で組織されるグループ「万願寺甘とう部会協議会」の協議会長を務める、おかやす農園の岡安 賢治さんは次のように語ります。
「万願寺甘とうは非常に繊細な作物で、手入れの仕方や周囲の温度、日照量、地温といった環境や土壌の状態によって育ち方がさまざまに変化し、収穫量が異なってきます。加えて病気にもかかりやすく、枯れやすい。実際、私が万願寺甘とうの栽培を始めた初年度は、栽培した4割を枯らしてしまいました。このような失敗のリスクを低減させ、生産者ごとの収穫量のバラつきをなくしたり、万願寺甘とう栽培への参入障壁を低くしたりするには、IoTを活用しながら環境データと収穫量との相関関係を分析し、そこから生産ノウハウを導き出すこと、また、それを生産者全員で共有することがとても大切です」(岡安さん)
万願寺甘とう部会協議会 協議会長 兼 おかやす農園 岡安 賢治さん
● 収集データを基にプラスの影響を与える環境条件を特定
舞鶴市とKDDIのスマート農業事業では、おかやす農園など、万願寺甘とうの栽培を手掛ける8戸の生産者が参加し、各生産者の栽培用ビニールハウス(以下、ハウス)にKDDIのIoTセンサーが設置されました。このIoTセンサーによって、ハウス内の「温度」「湿度」「日照量」「地温」といった環境データが10分間隔で収集され、4G LTEを用いたデータ送信機によってクラウドへリアルタイムに送られ、蓄積されていきます。
おかやす農園のハウス内に設置されたKDDIのIoTセンサー
また、クラウドに送られたデータはグラフ化され、取り組みに参加している8戸の生産者はもとより、万願寺甘とう部会を構成する全ての生産者がPCやスマートフォンを使って参照できるようになっています。さらに、ハウス内には流量計センサーも導入され、散水量把握に活用されています。
IoTセンサーが収集した各ハウスの環境データはクラウドに送られグラフ化され、PCやスマートフォンから閲覧が可能です。
IoTセンサーが収集した各ハウスのデータを閲覧可能
KDDIは、この仕組みを通じてデータを蓄積し、それを基に京都府中丹東農業改良普及センターと共同で「収穫量の高い環境条件」を特定しました。そして2024年には、舞鶴市の収穫量増加への影響度が大きいハウス内の温度や地温、日照量に関する指標を策定・公開するに至っています。加えて、IoTセンサーが観測した湿度データを基に病害発生のリスクを検出し、WebサイトやSNSを通じて生産者にアラートを発する仕組みも実現しました。
● 経験の浅い生産者でも自信をもった環境調節が可能に
IoTを活用したスマート農業の成果について、岡安さんは次のように評価します。
「万願寺甘とう栽培におけるハウス内環境の調節や病害対策はこれまで、生産者各人の経験則や肌感覚に頼って行われてきました。ただ、経験則や肌感覚だけで常に正しい判断が下せるとは限らず、どうすべきかで迷いが生じることがよくあります。しかも、経験の浅い生産者には肌感覚もありません。そうした中で、栽培に適した環境の指標が具体的な数値としてKDDIさんから示されました。これは生産者にとってとてもありがたいことで、これにより、経験の浅い生産者でも自信をもってハウス内環境の調節が行えるようになったと言えます。また、アラートのおかげで、必要な病害対策を適切なタイミングで講じることも可能になっています」(岡安さん)
さらに岡安さんは安定生産に向けた期待も寄せています。
「万願寺甘とうの収穫量に影響を与える要素は数多く、ハウス内環境の調節だけで栽培が上手くいくわけではありません。ただ、栽培に適した環境の指標が示されたことで、仮に栽培が上手くいかなかった場合でも、問題原因の絞り込みを無駄なく、効率的に行うことが可能になりました。これも安定生産に向けた一歩と見ています」(岡安さん)
これらの言葉を受けたかたちで、KDDIでIoT事業に長年携わってきた、ビジネスデザイン本部 地域共創室の野田 昌宏は、今回の取り組みに対する思いと、データの取得方法などにおけるスマート農業の難しさを語ります。
「舞鶴市と共創するスマート農業の取り組みは、私にとって地域創生にかかわる初のプロジェクトで、自分が専門としてきたIoTを駆使して万願寺甘とうの安定生産・安定供給に寄与したいという思いが強くありました。私が長く手掛けてきた自動車や産業用のIoTセンサーとは異なり、農業用のIoTセンサーには標準規格がなく、また、ハウス内で植物が生い茂ってくると通信の欠損が起きやすくなります。そのため、環境データをどういったかたちで収集するか、ハウス内のどこにセンサーを設置すべきかなど、多くが手探りで試行錯誤の連続でした。それでも、生産者さまの協力と地域創生・農業振興への想いにより、何とか難局を乗り切れたと感じています」(野田)
KDDI ビジネスデザイン本部 地域共創室 野田 昌宏
● 見える化の効果を実質的な成果へとつなぐ
万願寺甘とうの生産者は、KDDIのIoTソリューションを通じて、生産の安定化につながる環境条件についての理解を深め、それを基に生産ノウハウを確立しつつあります。舞鶴市では、それによって万願寺甘とうの生産力がアップすることを期待しています。
林さんは、「万願寺甘とうに関しては、旺盛な需要に対して生産がまだ追いついていないのが実状です。加えて、近年の気候変動により、生産に負のインパクトが与えられるケースも増えています。KDDIさんとの共創によって、そうした問題を乗り越え、万願寺甘とうの生産・供給の安定化や販路拡大を早期に実現したいと願っています」と話します。
万願寺甘とうの生産・供給の安定化・拡大を次の目標にしているのは岡安さんも同じです。
「第一次産業に携わる中で、KDDIさんのテクノロジーと知見を使いながら、農業のスマート化に取り組めるチャンスはそうあるものではありません。その稀有なチャンスを最大限に生かして、万願寺甘とう生産の安定化と拡大を是が非でも実現したいと考えています」と未来への思いを熱く語ってくれました。
最後に、野田は次のような説明を加え、話を締めくくります。
「KDDIの役割は、定量的な根拠であるデータの提供を通じて万願寺甘とうの生産を安定化させるお手伝いをすることです。今後とも、その役割をしっかりと担えるよう尽力いたします。また、KDDIが力を注ぐAIと、生産者さまの経験や勘を融合させながら、昨今の気候変動にも柔軟に対応できる安定生産の手法を確立するなどして、産業の効率化、発展につながるご支援を続けていきます」(野田)
KDDIは、通信技術を活用したつなぐチカラの進化で、地域の課題解決や発展に貢献し、誰もが思いを実現できる社会を目指していきます。