日本の食卓には欠かせない魚。豊かな漁場に恵まれている日本ですが、水産業における労働力不足や後継者不足が深刻な課題となっています。海面漁業・養殖業の漁業経営体数は、1988年から2018年までの30年間で、約19万経営体から約7万9千経営体まで、58%減少してしまいました*1。
水産業界が置かれている漁業就労者の高齢化や担い手不足といった現状を打開するために、KDDIでは、漁業に携わる方々の経験や勘を形式知化してデジタル化すること。また、水産業をICTでスマート化し、「利益のあがる業種」として若い世代にとっても、魅力ある仕事にすることを目指しています。
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例えば陸上養殖においては、区画漁業権などの参入障壁が少なく、KDDIが持つIoTやクラウドなどの技術と各種センサーやカメラなどを組み合わせることで、魚の生育環境を把握したり、より高品質な魚の育成が可能です。また、生産性向上や環境負荷の低減とともに、トレーサビリティへの対応も容易になります。
「スマート漁業」により、美味しい魚を効率的に育てて利益を出すことでビジネス的に発展させることができれば、水産業の価値や魅力が高まり、新しい人材の獲得につながります。長崎県五島市の五島ヤマフとKDDIとのヒラメの陸上養殖の取り組みをご紹介します。
*1水産庁:令和元年度 水産白書
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/R1/attach/pdf/index-7.pdf
勘や経験をデジタルに置き換え、形式知化する
サステナビリティ経営を掲げるKDDIでは、社会が持続的に発展するには地域が発展することが欠かせないと考えています。東日本大震災後に設けた復興支援室の取り組みを全国展開するために、2017年に地方創生支援室を設置。2022年からは地域共創室と名称を変え、地方自治体や大学などとともに地域の農業、水産業、観光業などで共創の取り組みを行っています。
「水産業における地域共創は、東日本大震災の津波被害を受けた港の漁師さんが手掛ける定置網の漁獲量予測が最初です。定置網は、水温・波高など多様な条件によって漁獲量に差がでます。そこで、漁師さんの経験則をデータに置き換えることで、デジタル的に漁獲量予測が可能になると考え、実際の漁獲量と海中データの相関性を過去の実績などと比較して分析できるようにしました。予測可能になることで、無駄な出漁や準備を減らせるのではないかと取り組みました」と振り返るのは、地域共創室室長の齋藤 匠です。
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その後もKDDIでは、福井県小浜市でのサバの養殖、徳島県海陽町でのカキの養殖、長崎県五島市でのヒラメの陸上養殖などの共創に取り組んできました。
では、なぜ養殖に注目しているのでしょうか。
「人工的な環境下で魚を育てる養殖は、センサーなどの技術とも親和性が高く、データを基にして水温や餌の量を調整するなど、次のアクションを起こしやすいのです。KDDIが得意とする通信やデジタル技術を活用して、漁業就労者の方々の経験や勘を形式知化し、スマート漁業を実現することで収益の安定化や水産業の魅力がより高まることで、若い世代などの新しい人材の獲得につながることが私たちの願いです」(齋藤)
水産事業者の利益最大化をサポートしたい
また、長崎県五島市でのプロジェクトを担当する地域共創室の加藤英夫は、「効率化だけではなく、水産業の価値を高めて利益を最大化できるようにすることが重要」だと言い、こう続けます。「商品である魚の価値を高め、地域が誇るブランドをつくりだす。そうすることで、水産業をもっと魅力的なものにして、水産関係者全体に笑顔があふれるようにしたいのです。新しい取り組みにはリスクもありますが、そこに目を向けるのではなく、デジタルを活用した『新しい水産業』の具現化こそが目標です」(加藤)
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そのほか地域共創室では、海の環境問題への取り組みとして、三重県鳥羽市でブルーカーボンの取り組み*1も開始しました。ブルーカーボンは、ノリやワカメといった海藻や海草などによって海中に取り込まれる炭素のことで、二酸化炭素吸収源の新たな選択肢として注目されています。
「世界の漁獲量は増えているにもかかわらず、日本だけが減っているというのが現実です。また、世界的には人口増大による食糧危機もとりざたされています。その意味で、海洋保護や養殖は重要な分野です。これからも地域の方々からヒアリングを重ね、通信を中心とするKDDIだからこそできるアプローチを実践していきたいと考えています」(齋藤)
*1 2021年3月海洋DX推進に向けた連携協定を三重大学、鳥羽商船高等専門学校、三重県水産研究所、鳥羽市、KDDI、KDDI総合研究所にて締結。
カメラとセンサーで、遠隔からリアルタイムに確認
株式会社五島ヤマフとKDDIとの間で進められているヒラメの陸上養殖のプロジェクトでは、「KDDI IoTクラウドStandard」が技術的なコアになっています。このサービスは、さまざまなIoT機器を簡単に接続できるのが特徴で、多様なセンサーのデータやカメラで撮影した動画を、遠隔からリアルタイムで確認したり、過去のデータを蓄積・分析することができるサービスです。
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「労働力不足解消をテーマとするこのプロジェクトでは、効率化が大きなテーマとなりました。そのため養殖槽の水上と水中に監視カメラ、自動給餌機、水質センサーをクラウドにつなぎ、養殖槽から離れた事務所のPCやスマートフォンの画面上でリアルタイムにチェックできるようにしています。また、例えば魚の研究者とリモートでつないで、実際の養殖槽を見ながらより良い方法を探るためのディスカッションをするといったことも可能です」(KDDI 地域共創室 エキスパート 加藤 英夫)
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また、蓄積しているデータの活用も進みつつあります。例えば、餌の食べ残しがあると水質が悪化します。餌は最もコストがかかる部分であり、無駄な餌を与えないことでコストの最適化につながります。餌の残りや、餌を食べ残す時間帯、水質・水温などのデータを収集・分析することで、利益の最大化に近づけていこうとしています。
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どんな機器やセンサーを選べばよいのかという選定には、KDDIがこれまでさまざまな水産事業者と実践してきた実証実験から得られた知見が生かされています。例えば、五島ヤマフの養殖場は地下海水を使用しているため溶存酸素が低いのが特徴ですが、こうした場合には酸素が十分に供給されているかがモニタリングできるセンサーを採用するといったことです。

デジタルツインやStarlinkなどの活用も視野に
今後さらにデータが蓄積されてくれば、養殖槽や魚を「デジタルツイン」*1で再現して育成をシミュレーションするといったことも可能です。これまで勘と経験に頼ってきた養殖作業をデータに基づく産業に変革し、効率的な養殖や販売だけではなく、地域の新たな特産品にはどのような魚が最適なのかを提案することも期待できます。
齋藤と加藤のチームでは、こうしたことを新しい養殖の実践モデルとして展開するだけでなく、さらなる展開も考えています。

「陸上の養殖場では、ほぼauの電波が届きます。しかし、海面養殖へと広げていくには、海上でも通信ができなければなりません。そのときには『Starlink』が活躍します」(齋藤)
Starlinkは、米国Space Exploration Technologiesの衛星を活用したブロードバンドインターネットサービスです。KDDIは日本初の「認定Starlinkインテグレーター」として、これまで通信環境の構築が課題とされていた海上や島しょ地域をはじめ、山間部、自然災害時などにおいても、安定かつ高信頼な通信を通信できるようになります。
豊かな海に囲まれている日本。これからもKDDIは、水産業の未来を切り拓くために力を注いでまいります。
*1 デジタルツイン:現実世界から収集した膨大なデータを元に、デジタル空間上で再現することで、さまざまなシミュレーションが可能となる技術。
労働力不足と担い手不足が課題
長崎県西部に位置する五島列島にある五島市は、一本釣りや定置網などの漁業、養殖、水産加工などが重要な産業となっています。
「日本の水産業の共通の課題である労働力不足、担い手不足は、五島でも同様です。五島の漁業就労者は、この10年で36%減少し、今後も減っていくと予想しています」と話すのは、五島市役所の川村 梨紗さんです。また、養殖、水産加工を手掛ける株式会社五島ヤマフの久保 聖徳さんも、「慢性的問題は従業員の高齢化と人手不足です」と口を揃えます。
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こうした課題の一助となるべく、五島市役所の仲介により、五島ヤマフのヒラメの養殖の効率化に、KDDIのIoTやクラウド技術を活用した取り組みが進行しています。
「水産資源の減少が課題となっている状況下で、安定して漁獲量を維持できるのは養殖の強みです。市としては海面漁業も支援していきますが、養殖にも力を入れ始めています。これは五島に限らず、長崎県全体の取り組みでもあります」(川村さん)
「わたしたち養殖業者は『どうすれば良い魚を、たくさん生産できるか。養殖の歩留りを改善し利益をあげられるか』を考えて事業展開しています。魚という生き物を扱っていますが、他業種における商品開発と同じ発想です。生育が早くて出荷までの回転が早いことと高利益を両立しやすい魚種として、今回ヒラメを試しています」(久保さん)
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養殖業の働き方改革にも貢献
人手不足の解消を技術で解決することをテーマとした今回のプロジェクトでは、養殖槽に行かなくても事務所から魚の状態を確認したり、給餌できることが求められました。それを実現するために、養殖槽にカメラやセンサー、自動給餌機を設置。KDDI IoTクラウドStandardを利用して、離れた場所からでも確認できるようにしています。
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ヒラメの養殖槽の様子を事務所のPCやスマートフォンに表示させ、リアルタイムに観察しながら同時に事務処理などを行っています。水中カメラの映像もあるので、水の上から覗くだけでは分からないヒラメの様子も把握できるようになりました。給餌のときには、餌の食いつき状況をチェックし、食いつきに違和感や不自然な点があれば、過去の映像をチェックして比較することも可能です。

「事務所と現場を往復し続ける旧来の働き方ではない新しい働き方が実現でき、スマートなワークスタイル、養殖業の働き方改革につながっています。ヒラメの養殖は今年スタートしたばかりですが、来年以降は過去との比較検証もしやすくなり、魚の付加価値向上につながると期待しています」(久保さん)

今回のプロジェクトで、1つのモデルが確立しつつあります。これを別の魚種や拠点にも拡大したり、地域産業全体の盛り上げに貢献したいと久保さんは意気込みます。
「このプロジェクトの進捗を注視しつつ、漁業関係者の経営基盤強化や生産形態の整理を推進していきます。KDDIさんには本音を率直にお話しして、課題を共有したり、解決策を相談できたりしています。たがいに勉強しあう姿勢で、今後も積極的に関与していきたいと考えています」(川村さん)