アジアの主要都市の1つ、フィリピンの首都マニラは深刻な交通状況の悪化に直面しています。交通渋滞の解消と大気汚染の緩和に向けて日本政府は2018年3月、ODA(政府開発援助)プロジェクト「マニラ首都圏地下鉄事業」に関しフィリピン政府と交換公文を取り交わしました。KDDIの海外現地法人であるKDDIフィリピンは、Hitachi Rail GTS Singapore社と契約しこれに参画。地下鉄の通信インフラと料金徴収システムの構築を担当しています。
KDDIは、世界104都市131以上の拠点を展開し、約5,000人のスタッフがグローバルビジネスをサポートしています。その中で、KDDIの海外現地法人であるKDDIフィリピンは、さまざまな地域・国に点在するKDDIグループ企業と連携しながら、グローバルかつローカルな視点でICTの総合的なソリューションサービスを提供し、フィリピンで事業展開する企業のICT環境を支えています。今回の地下鉄プロジェクトでは、そのKDDIグループが持つ知見を生かし、より便利で快適な都市交通の実現を力強くサポートしています。
本記事では、地下鉄プロジェクトに挑戦するKDDIフィリピンの現地メンバーに、その背景と思いを聞きました。

深刻化するマニラの交通渋滞で大きな経済損失も
マニラはフィリピンで最も人口の多い地域で、都市化と地方からの人口流入に伴い、人口は年々増加しています。2010年の国勢調査では約1,200万人でしたが、2023年には1,300万人を超え、2030年には周辺地域を含めて約3,000万人に達すると予測されています。
この急激な人口増加と都市の発展が、近年の交通状況悪化の大きな要因となっており、増え続ける車両数に対して道路整備が追いつかず、混雑が常態化しているのです。さらに、マニラだけでなく周辺地域でも経済活動が活発化しているため、投資や訪問者の増加が交通渋滞を一層深刻化させています。

「マニラ全体では交通渋滞の影響で毎日20億ペソ(日本円で約53億円)の経済損失が発生しています。コロナ禍のころは車の移動が少なく、私も自宅からオフィスまで25~30分でしたが、現在では片道だけでも1時間半から2時間を要しています」(KDDIフィリピン 社長 ロメル・パパ)」

また、市民の多くが、同様の長時間通勤を強いられており、仕事の生産性にも大きな影響を与えています。中には、朝9時までにオフィスに到着するために、朝6時のバスに乗る人もいるそうです。多くの労働者は、公共交通機関の選択肢が限られているため、非常に長く、ストレスの多い通勤を経験しています。この通勤ストレスにより、毎日疲労が蓄積することで、仕事の生産性低下にもつながります。
歴史的なプロジェクトの通信インフラを担うKDDI
KDDIフィリピンは、国内外で培った通信インフラ構築の経験とノウハウを生かし、日本政府のODA事業「マニラ首都圏地下鉄事業」に参画しています。この事業は、北部ケソン市と南部パラニャケ市を結ぶフィリピン初の地下鉄(全長約25km)を整備するもので、2029年度の完成を目指しています。
この事業においてKDDIフィリピンは、日立製作所の鉄道システム事業を担うHitachi Rail GTS Singaporeと連携し、通信インフラの構築や料金収集システムの導入を担当。配管や配線、機器設置工事、改札機・券売機の設置、通信機器やサーバーの納入・設置も行います。このほか、日本の複数企業と協力し、設計・建設に加えて、国内初の鉄道訓練センターの建設や、地下鉄車両基地の施設支援にも携わっています。
「私たちは、通信インフラと改札機や券売機などの料金徴収システムの構築において、重要な役割を担っています。自国の発展や人々の暮らしに貢献できることがとても嬉しく、私自身がこの事業に参加できると聞いたときは本当にワクワクしました」(KDDIフィリピン アシスタントマネージャー ノーマン・ディオラ)

「私は、技術者やエンジニア、製図担当者、オペレーターと連携しながら、改札機などの徴収システムの設計・実装を行うだけでなく、技術面でのサポートも担当しています。この歴史的なプロジェクトに参加できたことを誇りに感じています」(KDDIフィリピン プロジェクトエンジニア エマン・レイエス)

一方で、ロメル・パパはこの壮大なプロジェクトに対して、最初は参加できるのかと懐疑的だったと言います。
「2018年にこのプロジェクトの話を聞いたとき、本当に関われるのか半信半疑でした。マニラは雨季に洪水が発生しやすい地域なので、そこで地下鉄システムを構築するのは、非常に挑戦的だと感じていたからです。しかし、プロジェクトチームの粘り強い努力によって、あらゆる課題を乗り越えたことで、プロジェクトへの参加が実現しました」
関係者の多いプロジェクトだからこそコミュニケーションが重要
マニラ首都圏地下鉄事業は2025年1月現在、設計フェーズにあります。そして、駅の完成に向けた目標スケジュールが設定されており、大統領就任式のある2028年を第一の完成目標としています。
このプロジェクトを進めるにあたって課題となるのが多様な役割の人たちの連携です。鉄道プロジェクトには、フィリピンや日本のほかヨーロッパの企業などからさまざまな人たちが参加しています。
「通信分野では、パートナーであるHitachi Rail GTS Singapore社と調整するとともに、鉄道を含む多くの関係者が参加する協議にも深く関与しています。当社には多くの専門家や経験豊富なエンジニアが在籍しており、実装においてもさまざまな要件が確実に反映されるよう、土木工事やその他の技術担当者と対話を積み重ねています。そのため、プロジェクト内で意見がまとまらない場合なども、最適な解決策を提案できると自負しています」(ノーマン・ディオラ)

関係者との調整のほかにも、経験豊富なパートナーと連携して提供できるソリューションを強化する必要がありました。
「私たちが最初に直面した課題は、通信インフラと改札機などの徴収システムを構築するための適切なパートナーを見つけることでしたが、幸運にも理想的なパートナーと出会うことができました。パートナー企業に加えて、フィリピンとアジアの鉄道システムに精通した技術専門家をプロジェクトコンサルタントとして起用し、実践と改善のバランスを取りながら進めています」(ロメル・パパ)
環境に優しい交通機関を整備し次世代により良い環境を
KDDIフィリピンでは、本プロジェクトを通じて渋滞緩和と環境保護の実現を目指しています。本鉄道が完成することで、多くの市民の移動時間が大幅に短縮され、交通渋滞に起因する経済損失も軽減される見込みです。また、公共交通機関の利用促進により、自家用車からの切り替えが進み、温室効果ガスの削減といった環境面での効果も期待されています。
KDDIフィリピンのメンバーはこうした期待を胸に話します。
「マニラ首都圏地下鉄が完成すれば、都心部からマニラ空港までの移動時間は大幅に短縮されます。これにより、フィリピンの交通システムがより効率化され、目的地までスムーズに移動できるようになるでしょう。私たちは、利便性の高い都市環境を整えることで、人々の生活の質を向上させるとともに、経済成長にも貢献したいと考えています」(ノーマン・ディオラ)
「このプロジェクトは、単なるシステム統合やITシステムの改善にとどまらず、まさに『世紀のプロジェクト』と呼ぶにふさわしいものです。私たちが誇りに思うのは、一企業の未来だけでなく、国の未来に貢献し、人々の暮らしをより快適にできることです。このプロジェクトは、フィリピンの歴史に刻まれるものになると確信しています」(ロメル・パパ)

アジアの未来を支えるKDDIフィリピンの挑戦
設立25周年を迎えたKDDIフィリピンは、フィリピンにおける日本企業の信頼できるパートナーとしての地位を確立しています。
「大量輸送の改善にとどまらず、フィリピンにおけるスマートシティの実現に向けて、私たちはIoTの専門知識を提供していきたいです。これにより、自動化が進み、国民にさらなる利便性をもたらせるでしょう。さらに、この技術やノウハウを他の国にも展開していきたいと考えています」(ロメル・パパ)
KDDIフィリピンは、開発途上国の経済・社会の発展に寄与する政府開発援助(ODA)プロジェクトに積極的に参画し、通信インフラの整備や技術移転を通じて、フィリピンをはじめとする各国の持続可能な発展に貢献していきます。
KDDIグループは、こうした現地法人の取り組みを支えながら、グローバルパートナーとの事業共創を通じて、より良い未来をグローバルにも拡大していきます。
