2023.5.22
"生態系の保全"に技術を活用する
プロジェクトのはじまり
カーボンニュートラルの実現において、いま注目されてきているのがブルーカーボンです。
ブルーカーボンとは、海藻や海草、プランクトン等の海洋生態系に取り込まれた二酸化炭素由来の炭素のことであり、陸上の森林などの生態系によって取り込まれた炭素(グリーンカーボン)とならんで、二酸化炭素吸収源の新たな選択肢として期待が高まりつつあります。
地球温暖化防止のために藻場を主とした海洋生態系を保全していくとともに、カーボン・オフセット制度*¹が社会全体で推進されている中、各地域でのブルーカーボンの定量的な測定が求められています。
*¹カーボン・オフセット:努力しても削減が困難な二酸化炭素の排出量を、他の部分で埋め合わせる考え方。他の場所で削減された二酸化炭素排出量をクレジットとして購入する方法などがあります。
ですが、海中における定量的な測定は難しいという課題がありました。KDDI総合研究所の吉原貴仁は言います。
「藻場の占める面積の割合や二酸化炭素の吸収量を精密に数値化することは難しく、従来の調査方法である潜水目視は人的負荷が高く安全面にも課題がありました。今回一緒に取り組んでいる三重県鳥羽市からも良い調査方法がないか相談を受けており、水上ドローンの技術が使えるのではないかと提案したことがプロジェクトのきっかけです。通信機能を持ち、観測ポイントの座標を指定できて広範囲を定量的・定期的に調査することが可能な水上ドローンは活用できると思いました」(吉原)
水上ドローンの特性が藻場調査にマッチ
2022年6月、実証実験として、鳥羽市菅島および答志島沿岸で水上ドローンを活用した藻場調査が行われました。アマモなどの繁茂期を考慮して6月に実施しました。
水上ドローンにはGPSデバイスを搭載しており、スマートフォンで設定した観測ポイントまで自律航行します。観測ポイントに着くと、水中カメラを指定した深さまで降ろして藻場を撮影し、LTE回線を使って藻場の映像をスマートフォンに送ります。この映像をもとに、藻場において海草や海藻が占める割合(被度)を数値化できるとKDDI総合研究所の高橋 幹は言います。
「これまで、ブルーカーボンの測定には上空から撮る方法と人が潜って撮る方法が使われていました。技術の進展により、人工衛星やドローンを使えば、海上の様子はある程度わかるようになってきています。ただ、海中の様子まではわかりづらく、色が濃くなっている部分が藻場なのか岩礁なのか、というレベルまではわかりません。一方、人が潜って測定する方法は広域の測定に適しておらず、市販の水中ドローンを使うと海中でGPS信号を受信できないため正確な位置がわかりません。こうして比較をしてみると、GPSを受信でき、海中の様子が観測できる水上ドローンは空撮と潜水調査の"いいとこどり"と言えるのではないかと思います」(高橋)
実際、今回の調査では2日間で10地点の水中撮影を行い、従来の方法よりもはるかに効率的な調査をすることができました。
今回の調査で被度の数値化ができたことから、ブルーカーボンのクレジット*²申請に向け準備を進めています。クレジット認証を得るには、海草や海藻の種類、分布面積が昨年と比べてどれほど増えたかの実績報告が必要となります。まさにこの水上ドローンはブルーカーボンの定量的な測定に適しているということです。
*²クレジット:CO2吸収量をクレジットとして発行し、CO2削減を図る企業・団体等とクレジット取引(購入)を行う。地域にとっては収益となりこれまでボランティアベースだった保全活動の活性化、持続性の確保が可能となる資金創出メカニズム。
鳥羽市と連携し、実際に藻場を調査したことによって、カーボンニュートラル実現のための1つの道筋を示したと言えます。吉原貴仁はブルーカーボンへの取り組みをこう語ります。
「我々だけではクレジット化まで成立させることはできません。多くの人とのコラボレーションが必要です。ブルーカーボンのクレジット化は環境保全だけではなく地域にとっても恩恵があり地域活性化にもつながる話だと考えています」(吉原)