日本一深い谷、黒部峡谷に電波を届けた舞台裏

日本三大渓谷の1つとして知られる屈指の名勝、黒部峡谷(くろべきょうこく)。日本一深いV字峡の間を縫うように走る「黒部峡谷鉄道」は、観光客から黒部峡谷トロッコ電車という愛称で親しまれています。

多くの観光客が訪れる、この人気の観光スポットには長年の課題がありました。電波が届きにくい山奥を電車が走っていることや沿線の大部分が中部山岳国立公園に位置するため景観保護の観点から携帯電話の基地局を新たに設置するのは難しいとされており、鉄道沿線で通信が使えない状態が続いていました。

黒部峡谷トロッコ電車

人々が集まるところに電波を届け、電波がつながらない場所をなくす——。そんなKDDIの思いがこの地で形になったのは、2022年8月のこと。始発駅から終点までの沿線全ての区間でauの通信回線が使えるようになりました。過酷な自然環境下でのエリア化は、黒部峡谷鉄道とKDDIとの強力なタッグで実現しました。

美しい景色をカメラで収め、家族や仲間とリアルタイムで分かち合ってほしい。つながる安心な環境で旅を楽しんでほしい——。KDDIは今日も電波の届かない山奥のどこかで、「つながらない」を「つながる」へと変える取り組みを続けています。

困難を乗り越えて電波が届くまで

始発駅の宇奈月(うなづき)駅から終点の欅平(けやきだいら)駅まで、全長20.1kmを片道約1時間20分で結ぶ「黒部峡谷鉄道」。この鉄道の歴史は古く、敷設工事が始まったのは1923年のことでした。

もともと黒部峡谷鉄道は、黒部川電源開発の資材や作業員の運搬を行うためのものでした。しかし、秘境黒部峡谷の探勝を希望する声は絶えず、1953年に旅客営業運転をスタート。かつては人を寄せ付けない秘境の地だった黒部峡谷の絶景をひと目見たいと願う観光客から人気を集めてきました。

そんな観光スポットで「駅周辺以外でスマートフォンが使えない」という状態を変えたい——。黒部峡谷鉄道のそんな思いと、「この地域を訪れる多くの観光客に電波を届けたい」というKDDIの思いから2018年末にスタートしたのが、黒部峡谷鉄道の全沿線をauの通信エリアにするというプロジェクトでした。

これまでこの沿線をエリア化するのが難しかったのにはいくつかの理由があります。通信エリア対策を担当したKDDIエンジニアリングの嶋田直樹は、このプロジェクトにはさまざまな困難があったと言います。

1つは、このエリアが中部山岳国立公園に指定されていること。携帯電話の基地局など、新たな建造物を設置するには関係省庁の許可が必要になり、申請に時間がかかります。さらに景観を損なわない場所に設置しなければならないのも難しい点でした。

2つめは鉄道沿線に道路が通っておらず、機材が運びにくいこと。自動車を使えないので、基地局の設置に必要な無線機、電源、アンテナといった機材を電車で運搬しなければなりません。

3つめは、厳しい自然環境であること。曲がりくねったトンネル、深く切り立った峡谷は、電波が届きにくい場所が多く、安定した通信を行えるようにするには、さまざまな技術面での工夫が必要でした。

KDDIエンジニアリング株式会社 建設事業本部 モバイルプロセス本部 屋内センター 屋内設計グループ 嶋田直樹

「実際に現地の長いトンネルに8人の人力で電波実験機材を持ち込み、3日間、電波の浸透を測定したところ、想定より電波が飛びにくいことを把握しました。予定した基地局数では全線をカバーし切れず、計画は見直しに。最終的には当初予定の約2倍の基地局を設置することで、安定した通信が可能となりました」(嶋田)

プロジェクトのスタートから約4年の月日を経た2022年夏、ついに沿線全てのエリアでauの通信回線を使えるようになりました。

KDDIエンジニアリング株式会社 建設事業本部 モバイルプロセス本部 工程管理センター 執行管理4グループ 船本一弥

「いまは日本全国どこでもスマホが使えて当たり前の時代。ここ黒部峡谷はつながらない時期が長く続きましたが、みんなで力をあわせ、工夫を重ねることで、ようやくつなげることができました」
この地で通信エリア対策を担当したKDDIエンジニアリング 船本一弥の心は、すでに次の「つながらない場所」へと向かっています。

日本一深いV字峡に電波を届ける——エリア化を実現した技術と工夫

「当初は全長20.1kmのうち、基地局の設置が済んでいたのは主要駅の4カ所のみ。事前の調査では線路上を何度も歩いて往復し、電波状況を確認したところ、沿線は圏外の場所がほとんどでした」

黒部峡谷鉄道のau通信エリア対策を担当したKDDIエンジニアリングの船本一弥は、プロジェクトが始まった時のことをこう振り返ります。

黒部峡谷鉄道には41ものトンネルがあり、いちばん長いものは約1kmという長さ。また普通の電車よりかなり小さいトロッコ電車が通れるサイズにつくられているためトンネルは狭く、きついカーブも多いのです。そのため、外から発射した電波が中まで届きづらく、どうすればトンネルの内部まで効率的に電波を届けられるのか、答えを探す日々が続きました。

この問題を解決したのが、指向性が高くパワーが強い「バズーカアンテナ」でした。トンネルの入り口付近に設置し、内部に向けて電波を発射することで、一般的なアンテナに比べてより遠くまで電波を届けることができるのです。

トンネルの入り口付近に設置した「バズーカアンテナ」

KDDIエンジニアリングの嶋田直樹によると、トンネル内には、このバズーカアンテナでも電波が届きにくい場所があったといいます。

「電波が届きにくい場合はトンネルの入り口に加え、トンネルの内部にも基地局を設置することで電波を届けました」(嶋田)

KDDIエンジニアリング株式会社 建設事業本部 モバイルプロセス本部 工程管理センター 執行管理4グループ 船本一弥(写真中央)、屋内センター 屋内施設設計グループ 嶋田直樹(写真右)

工期が限られる中、通信エリア対策工事をすこしでも前に進めるために冬季も現地へ足を運び、電波調査を行ったこともあったと船本は話します。

「この地域は世界有数の豪雪地帯で、冬季はトロッコ電車が運休しています。自力で現地に行くしかなかったのですが、想像以上に雪が深く、現地にたどり着くだけでもひと苦労でした」(船本)

通信のエリア化が困難な場所で、力をあわせ、技術を駆使し、さまざまな工夫を重ねた経験を次の現場で生かしていく——。KDDIの「つながらない場所をなくす」挑戦は続きます。

スリリングなV字峡谷の旅を「スマホがつながる安心感」とともに楽しんでほしい——黒部峡谷鉄道

多くの鉄橋やトンネルを走り、美しい木々や川に癒され、急峻な峡谷に息を呑む——。始発駅の宇奈月(うなづき)から終点の欅平(けやきだいら)にいたる1時間20分の間、爽やかな風を受けながら存分に大自然を楽しめるのが黒部峡谷鉄道です。

黒部峡谷トロッコ電車のオープン型車両

黒部峡谷トロッコ電車という愛称で親しまれるこの電車は、一般的な車両よりかなり小さく、ゆったりと景色を楽しめる窓のないオープン型。大自然を身近に感じることができ、観光客から人気を博しています。

春の新緑や残雪、梅雨時の霧に煙る幻想的な景色、爽快な風を感じる夏の深緑、秋の紅葉と、営業期間中見どころに事欠かないこの地では、鉄道沿線の通信エリア化が長年、待ち望まれてきました。

黒部峡谷鉄道で広報を担当する谷本 悟さんは、当時をこう振り返ります。

黒部峡谷鉄道株式会社 営業部 営業企画・広報グループ チーフマネージャー 谷本 悟さん

「観光に来たお客さまが乗り降りする、 4つの停車駅周辺ではスマートフォンを使えるのですが、それ以外の鉄道沿線ではリアルタイムの通信ができない状況でした。沿線の全ての区間でスマートフォンが使えるようになれば、お客さまの利便性が向上し、安心してより楽しい時間を過ごしていただけると思っていました」(谷本さん)

この鉄道はさらに、付近の電力施設に人や資材を運ぶ役割も担っており、工事関係者の足として欠かせない存在になっています。黒部峡谷鉄道で電気設備の保守管理を担当している米原俊哉さんも、エリア化を心待ちにしていた一人です。

黒部峡谷鉄道株式会社 設備管理部 設備管理統括グループ サブマネージャー 米原俊哉さん

「トロッコ電車は観光のお客さまや電力施設で働く方々、そして私たちのような鉄道の保守管理を担うスタッフを運ぶという役割があります。鉄道の安心、安全な運行のためにも、全ての沿線のエリア化を待ち望んでいました」(米原さん)

しかし、長年、エリア化が進まなかった地域だけあって、沿線の工事は困難を極め、沿線の地理地形に詳しい黒部峡谷鉄道の協力が欠かせませんでした。

1つはトンネル内のバズーカアンテナ設置の支援です。長く曲がりくねったトンネル内に電波を飛ばす「バズーカアンテナ」は直径20cm、長さ1メートルと大きく、うまく設置しないとトロッコ列車と接触してしまいます。設置する余裕があって電波が届くところを探すのには、黒部峡谷鉄道の知見と支援が不可欠でした。

2つ目は冬期間の対策です。冬に大雪が降るこの沿線では、雪崩が起こらない場所に基地局やアンテナを設置することが重要で、黒部峡谷鉄道が設置場所の選定に協力しています。

3つ目は電源の確保です。街中のようにどこにでも電源があるわけではない山奥では、基地局とアンテナに電気を供給するために長いところは2km先から電源ケーブルを引かなければならないケースもありました。この時にも、黒部峡谷鉄道のノウハウが役に立ったのです。

2022年の夏、ついに沿線全てのエリアでauの通信回線が使えるようになりました。

「保線工事や電気工事の際、どこからでも連絡ができるようになったのはとても便利。困難だった場所でのエリア化をどんどん進めてほしいですね」(米原さん)

「鉄道沿線全てでauが使えるようになったことを観光客の方々にお伝えしていきたい。思い立ったらすぐ、沿線のどこからでもトロッコ列車の思い出を共有できるようになりました。ぜひ、この機会に黒部峡谷の大自然を体験しにきてほしいですね」(谷本さん)

現地の方々と手を取り合って進める、KDDIのエリア化への挑戦は「つながらない場所」がある限り続きます。

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