いま世界中で様々な気候変動が起きています。近年、日本でも猛暑や豪雨が頻発しており、その大きな原因の1つとされるのが温室効果ガス濃度の上昇です。
KDDIではカーボンニュートラルの実現を単体で2030年度、グループ全体で2050年度の達成を目指し、より積極的な活動を行っています。
その1つとして、KDDIとKDDI総合研究所と三重県鳥羽市で進めているのが水上ドローンを活用した藻場の実態調査です。海中の藻場は陸上の森林と並んで温室効果ガスの二酸化炭素を吸収してくれるため、二酸化炭素吸収源の新たな選択肢とされています。
しかし藻場の二酸化炭素吸収量を精密に数値化するのは難しく、広範囲を定量的・定期的に調査を行うことが必要です。また、従来の調査方法である潜水目視では人的負荷が高く安全面にも課題がありました。そこで、通信機能を持ち、広範囲を定量的に調査することが可能なKDDI総合研究所の水上ドローンを活用した藻場の実態調査をスタートしました。
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継続的な実態調査によって蓄積したデータを活用し、地域とともに藻場の保全・再生や、藻場を対象とするカーボン・オフセット制度*¹の推進へ貢献することを目指しています。
*¹カーボン・オフセット:努力しても削減が困難な二酸化炭素の排出量を、他の部分で埋め合わせる考え方。他の場所で削減された二酸化炭素排出量をクレジットとして購入する方法などがあります。
プロジェクトのはじまり
カーボンニュートラルの実現において、いま注目されてきているのがブルーカーボンです。
ブルーカーボンとは、海藻や海草、プランクトン等の海洋生態系に取り込まれた二酸化炭素由来の炭素のことであり、陸上の森林などの生態系によって取り込まれた炭素(グリーンカーボン)とならんで、二酸化炭素吸収源の新たな選択肢として期待が高まりつつあります。
地球温暖化防止のために藻場を主とした海洋生態系を保全していくとともに、カーボン・オフセット制度*¹が社会全体で推進されている中、各地域でのブルーカーボンの定量的な測定が求められています。
*¹カーボン・オフセット:努力しても削減が困難な二酸化炭素の排出量を、他の部分で埋め合わせる考え方。他の場所で削減された二酸化炭素排出量をクレジットとして購入する方法などがあります。
ですが、海中における定量的な測定は難しいという課題がありました。KDDI総合研究所の吉原貴仁は言います。
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「藻場の占める面積の割合や二酸化炭素の吸収量を精密に数値化することは難しく、従来の調査方法である潜水目視は人的負荷が高く安全面にも課題がありました。今回一緒に取り組んでいる三重県鳥羽市からも良い調査方法がないか相談を受けており、水上ドローンの技術が使えるのではないかと提案したことがプロジェクトのきっかけです。通信機能を持ち、観測ポイントの座標を指定できて広範囲を定量的・定期的に調査することが可能な水上ドローンは活用できると思いました」(吉原)
水上ドローンの特性が藻場調査にマッチ
2022年6月、実証実験として、鳥羽市菅島および答志島沿岸で水上ドローンを活用した藻場調査が行われました。アマモなどの繁茂期を考慮して6月に実施しました。

水上ドローンにはGPSデバイスを搭載しており、スマートフォンで設定した観測ポイントまで自律航行します。観測ポイントに着くと、水中カメラを指定した深さまで降ろして藻場を撮影し、LTE回線を使って藻場の映像をスマートフォンに送ります。この映像をもとに、藻場において海草や海藻が占める割合(被度)を数値化できるとKDDI総合研究所の高橋 幹は言います。
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「これまで、ブルーカーボンの測定には上空から撮る方法と人が潜って撮る方法が使われていました。技術の進展により、人工衛星やドローンを使えば、海上の様子はある程度わかるようになってきています。ただ、海中の様子まではわかりづらく、色が濃くなっている部分が藻場なのか岩礁なのか、というレベルまではわかりません。一方、人が潜って測定する方法は広域の測定に適しておらず、市販の水中ドローンを使うと海中でGPS信号を受信できないため正確な位置がわかりません。こうして比較をしてみると、GPSを受信でき、海中の様子が観測できる水上ドローンは空撮と潜水調査の"いいとこどり"と言えるのではないかと思います」(高橋)
実際、今回の調査では2日間で10地点の水中撮影を行い、従来の方法よりもはるかに効率的な調査をすることができました。
今回の調査で被度の数値化ができたことから、ブルーカーボンのクレジット*²申請に向け準備を進めています。クレジット認証を得るには、海草や海藻の種類、分布面積が昨年と比べてどれほど増えたかの実績報告が必要となります。まさにこの水上ドローンはブルーカーボンの定量的な測定に適しているということです。
*²クレジット:CO2吸収量をクレジットとして発行し、CO2削減を図る企業・団体等とクレジット取引(購入)を行う。地域にとっては収益となりこれまでボランティアベースだった保全活動の活性化、持続性の確保が可能となる資金創出メカニズム。
鳥羽市と連携し、実際に藻場を調査したことによって、カーボンニュートラル実現のための1つの道筋を示したと言えます。吉原貴仁はブルーカーボンへの取り組みをこう語ります。
「我々だけではクレジット化まで成立させることはできません。多くの人とのコラボレーションが必要です。ブルーカーボンのクレジット化は環境保全だけではなく地域にとっても恩恵があり地域活性化にもつながる話だと考えています」(吉原)
自律航行を行う水上ドローンの技術
水上ドローンの大きさは全長2.5m、横幅1.5m、これは船舶の登録が必要のないサイズかつ、転覆しない程度の大きさが必要だということで設定されています。スマートフォンのアプリからコマンドを送ると、水上ドローンはそれを受信したコマンドに応じて動作するという仕組みです。一度の充電で約8時間稼働することができます。
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アプリ経由で進む、止まる、左右に舵を切るという操縦ができるほか、設定した目的地まで自律航行させることも可能です。波で流されてもGPSを使って目的地までたどり着くことができます。
カメラは昇降装置を上げ下げすることで水中カメラを必要な深さまで降ろし、水中で撮影した映像はリアルタイムでスマートフォンに送信されます。
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海の上は常に波が起きているため陸上とは全く環境が異なります。この波揺れの影響をいかに対処するかが非常に大きな課題でした。
実は、過去の実験で一度失敗していると言います。そのときのことを高橋はこう振り返ります。
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「陸上で実験したときは水中カメラの映像がスマートフォンに届いたのですが、海上に出ると映像が届かなくなりました。陸上で水上ドローンを揺すって動作確認してもスマートフォンに映像は届きます。海上での不具合を再現するため、水上ドローンを入れられる組み立てプールで動作確認したら、海上のときのように映像が切れました。陸上で人が揺するのと、海上の波で自然に揺れるのとでは揺れ方が違うので、陸上では不具合が起きなかったのです」(高橋)
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これが研究開発の難しいところで、特に海という自然を相手にした実験では、現場で起こり得る様々な可能性を検証する必要があります。鳥羽市で実証実験する前に、海水プールを持つ工場施設を借りて事前に何度も試験をしていたと言います。
研究を価値につなげる
KDDIは前身のKDD時代から海底ケーブルの敷設、運用を行ってきました。海底ケーブルの点検用に無人機を駆使して画像を撮影したり、あるいは海中の音響通信に詳しい者がいたりとノウハウもあって海洋DXに進出しやすかったと高橋は言います。
こうした話から見えてくるのは、技術的知見や研究成果をうまく社会につなぐ役割の重要性です。
「研究者はわかっていないことを明らかにしたいと研究をしています。しかし私たちは企業なので、それをうまくビジネスにつなげる仕組みを作っていきたい。今の時代は特に、研究を社会につなぐ役割が必要なのではないかと思います」(高橋)
このプロジェクトは「脱炭素社会の実現に貢献する水上ドローンの開発」として第31回地球環境大賞 総務大臣賞を受賞しています。また、総務省所管の公的研究機関に研究提案が採択され、外部資金を得ながらさらに多くの人が輪になって次の段階に進んでいます。
吉原は今後の展望について、横展開に向けた課題整理が必要だと言います。

「まず、実際に現場に導入できるくらいのコストに抑える必要があります。同時に、安全性を益々向上させなければなりません。たとえば自動接岸機能や障害物の回避機能など、地元の人たちに受け入れてもらえるような安全性、操作性のよさ、かつ低コストなものにしていかないと続かないし、広がらない。そこが今後の一番の課題である継続性に大きくかかわってくると思っています」(吉原)
技術×現場×研究ノウハウが一緒になって進んでいく
鳥羽市はこれまで潜水目視による方法で藻場の実態把握を行ってきました。2011年、鳥羽市水産研究所に入った岩尾豊紀さんは磯焼けと藻場の減少に関する実態解明、鳥羽市沿岸の海がどんな状態かを知るために調査を始めました。
当時は岩尾さんが自ら潜り一人で調査を進めていたと言います。そのため、広範囲を定量的に調査することは極めて難しい状況でした。
こうした課題解決の一助とすべく、鳥羽市とKDDI総合研究所の水上ドローンを活用した藻場の実態調査プロジェクトが始まりました。KDDI総合研究所との取り組みをつないだのは、鳥羽市農水商工課の榊原友喜さんです。
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「当時は定量的に測定を行っていきたいという我々の課題感に対して水上ドローンをご提案いただいたのですが、話を聞いていくとKDDIグループも藻場の調査を始めていると。そこから、どんどんプロジェクトが拡大していき、今では一緒にブルーカーボン*¹量の算定、クレジット*²化に向けて取り組んでいます」(榊原さん)
*¹ブルーカーボン:海藻や海草、プランクトン等の海洋生態系に取り込まれた炭素のこと。CO2吸収源の新たな選択肢とされている。
*²クレジット: CO2吸収量をクレジットとして発行し、CO2削減を図る企業・団体等とクレジット取引(購入)を行う。地域にとっては収益となりこれまでボランティアベースだった保全活動の活性化、持続性の確保が可能となる資金創出メカニズム。
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「僕は、待っていましたという感じでした。鳥羽市水産研究所に入ったときから、こういう体制にならないとダメだと考えていましたから。特に藻場のことに関しては、やらなければいけないことがいくらでもある。でも、一人で予算内にできることは非常に限られます。はじめは、観光地としてニーズを高めることで周囲の人を動かそうと考えていました、もう20、30年のプランです。それがダイレクトに研究を進められるとなったわけです。僕的にはむちゃくちゃガッツポーズな展開でした」(岩尾さん)
産官学連携の取り組みについて岩尾さんはいまの時代、企業には技術力だけではなく、立場の異なるステークホルダーをリードする力も求められているといいます。
「産官学連携の難しさはよく知られていますが、今回のプロジェクトがうまくいっている理由は広く多様な価値観、考え方を許容することに慣れたKDDIの企業文化が大きな要因ではないかと思う。ブルーカーボンに関して他の企業さんから話をもらうこともあったが、気にしたのは"一緒にやれるかどうか"ですね」(岩尾さん)
水上ドローンによる藻場調査の可能性
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水上ドローンを活用した調査について、広範囲を定量的に測定できるようになること以外にも利点があると言います。
「通常の潜水調査では、潜っている人は誰にも相談できません。一番鮮度のいい情報は潜っている本人しか見ることができない。しかし水上ドローンであれば、みんなでリアルタイムに水中のカメラの映像を見ることができます。予め専門家を集めておけば、その場に様々な頭脳が結集することになります。広範囲を見ることができるというのも水上ドローンによる調査の価値ですが、それよりも、僕は頭脳を結集できることに大きな可能性を感じています」(岩尾さん)
鳥羽市としても今後継続的に取り組んでいきたいと榊原さんは言います。
「水上ドローン活用による藻場調査は漁協関係の方にも少しずつ理解を深めてもらっている段階です。鳥羽市の強みは市に水産研究所があるということなので、今後もさらに取り組みを進めていきたいと考えています」(榊原さん)