5G

「日本一高いバスターミナル」で5G通信が実現―Starlinkを活用した5G基地局の運用開始

KDDIでは従来から、電波がつながりにくいとされている山間部や島しょ部への安定した通信環境の整備を進めています。

2023年8月26日には、岐阜県高山市丹生川町の乗鞍岳畳平バスターミナルで、米国Space Exploration Technologies(以下、スペースX)社の衛星ブロードバンド「Starlink」を活用した5G基地局の運用を開始しました。同ターミナルは標高2702メートルに位置し「日本一高いところにあるバスターミナル」として知られ、乗鞍岳を訪れる方々のアクセス拠点となっています。

高地で光ファイバーを引けない同ターミナルでは、これまで音声通話が途切れるなど電波が安定しないことに悩まされていました。これまでは、基地局ではなく、無線中継装置を使って最寄りの基地局からの電波を増幅する方法を採用していたからです。

今回のプロジェクトを統括した、KDDI 技術統括本部 技術企画本部 技術企画部の渡辺佑未は次のように話します。

「一般的に、基地局を建てるには『場所』『電気』『回線』の3つが必要です。山の場合は、山奥になるほどその3つの条件を揃えることが難しくなるケースも多いため、麓や中腹に建てることもあります。あるいは、基地局ではなく、山小屋などに電波を増幅する機器を設けるケースもあり、これまでの乗鞍岳はこちらのパターンでした」(渡辺)

KDDI株式会社 技術統括本部 技術企画本部 技術企画部 渡辺佑未KDDI株式会社 技術統括本部 技術企画本部 技術企画部 渡辺佑未

乗鞍岳で使っていた、電波を増幅する無線中継装置は3Gの時代に導入したものです。通信方式が4G・5Gへと変化するにつれ、通信の遅延が表面化するようになっていきました。

特に問題となったのは、無線中継装置を「子」としたときに「親」となる基地局との距離です。乗鞍岳の場合は、数十キロ程度も離れており、距離が遠い分だけ通信が遅延していました。電波状況によっては、お客さまにとって使いづらい時間帯も発生していましたが、基地局を新たに設営するには山間部で回線が確保できないことがネックとなっていました。そこで活躍したのが、Starlinkです。

KDDIは、スペースX社と連携して2021年からStarlinkの技術検証を実施。2022年12月には、静岡県熱海市・初島でStarlinkを活用した4G基地局の運用を開始しています。その後、5G基地局の検証にめどがたったタイミングで乗鞍岳からの依頼があり、今回の基地局プロジェクトが始まりました。

Starlinkのメリットについて、渡辺とともにプロジェクトの統括に携わったKDDI 技術統括本部 技術企画本部 技術企画部の川瀬達也は次のように説明します。

「Starlinkのメリットは、光回線を引く必要がないことです。空が見えており、ある程度ひらけた土地であれば、山間部や離島であっても通信できるようになります。もちろん、衛星回線を利用した基地局がこれまでなかったわけではありません。ただ、従来の静止軌道衛星は地上から3.6万kmの距離があり、どうしても通信の遅延が生じていました。一方、Starlinkは高度約550kmの低軌道で周回する数千機の衛星を利用します。そのため遅延が小さく、お客さまもサクサクとデータ通信を利用できるようになります」(川瀬)

KDDI株式会社 技術統括本部 技術企画本部 技術企画部 川瀬達也KDDI株式会社 技術統括本部 技術企画本部 技術企画部 川瀬達也

● 短期間でKDDI初のプロジェクトを完遂できた理由

基地局の立ち上げにはさまざまな課題が立ちはだかりました。例えば、Starlinkのアンテナを設置する場所です。基地局プロジェクトの現場で活躍したKDDIエンジニアリング 西日本運用本部の高橋正光は次のように振り返ります。

KDDIエンジニアリング株式会社 西日本運用本部 高橋正光KDDIエンジニアリング株式会社 西日本運用本部 高橋正光

「基地局を建てる際は、事前に現地を調査します。どこに無線機を置くか、電源を取り回すかとともに、今回最も苦労したのがStarlinkのアンテナの位置です。ある程度の見通しが開けた場所である必要がありますが、なかなかいい位置がありませんでした。そこで、もともと無線中継装置のアンテナがあったテラスを利用し、そこから外に腕金を張り出して上空の見通しを良くし、Starlinkのアンテナを設置しました」(高橋)

今回のプロジェクトでは、短期間で基地局を立ち上げる必要もありました。プロジェクトが始まったのは7月上旬で、通信環境を整備する目標として掲げたのは機材が最短で調達できる8月下旬。限られた期間で迅速にプロジェクトを進めるためにカギとなったのは、メンバー間の連携です。

「Starlinkを活用した5G基地局はKDDI初の取り組みということもあり、スピード感を持って一つひとつの課題をクリアしていくのに苦労しました。私は普段は基地局に関する業務をしており、基地局を収容している上位装置や、ネットワークについての知識が浅かったため、それぞれの専門部署とコミュニケーションをとりながら、ワンチームで動いた2カ月だったと思います。高橋さんが在籍する中部エリアの担当者は、施工を担当するパートナー企業とともに何度も乗鞍岳に足を運び、どうすれば設営できるかの検討を重ねてくれました」(渡辺)

「中部エリアを担当する支社として、本社を含めてたくさんの方に協力してもらえて心強かったです。パートナー企業の方にも、基地局の設営や電源敷設の手法についてこちらが思いつかなかった案をご提案いただくなど、大変ご活躍いただきました。もともと、8月25日に社外へ発表することをゴールにプロジェクトを進めてきましたが、サービスインの直前にトラブルが起きてしまったとき、解決に必要な十数キロもする重たい機材を、川瀬さんたちが東京から電車で持ってくるなど、社内一丸となって対応しました」(高橋)

「途中、悪天候で設営のための高所作業が一時中止となったり、機材のトラブルがあったりしましたが、メンバー同士が密に連絡を取ることで、何とか予定通りに基地局のサービスインを迎えることができました」(川瀬)

● 通信速度は格段に向上―今後もStarlinkで「つながる」場所を増やしていく

新たに運用を開始した基地局によって、どのような変化が起きたのでしょうか。現地での測定を行っている川瀬は「通信速度は格段に速くなったと思います」と話します。
例えば、あるポータルサイトのトップ画面を開くために、従来は遅延を感じるほどの秒数がかかっていたところ、基地局の開設後は街中と変わらない程度にまで短縮されました。これまで快適に楽しめなかった動画配信サービスや各種SNSも楽しめるようになっています。

「関係者の方からも『観光地としてのアピールポイントになる』とお喜びいただいています。これまで使いたいと思いながらも導入できていなかったQR決済などを導入いただくきっかけになったら嬉しいですね」(高橋)

「5G回線が入るようになり、宿泊施設やバスターミナルで働く方が5Gスマホに乗り換えたケースもお聞きしています。エリアを整備することで、新たなサービスをお使いいただけることが実感できたのは非常に大きいですね」(川瀬)

「これまで山間部における回線は、あくまで『緊急時の通信手段』が主でした。今後はStarlinkなど新たな技術を活用して登山アプリによる登山ログの共有や写真・動画のアップロード・QRコード決済など、新たな体験を創出していければと思います」(渡辺)

今後について聞いたところ、3人は次のように話しました。

「どこでもつながることが当たり前の時代ですが、まだまだ品質改善の余地がある地域はたくさんあります。今後もStarlinkを活用しながら、KDDIとKDDIエンジニアリングで一丸となって、山間部や離島などのニーズへ全力で応えていきたいです」(高橋)

「これまで私はお客さまと対面することが少なかったのですが、今回のプロジェクトでは、多くのお客さまと対面でコミュニケーションさせていただきました。そこで、お客さまの困りごとや思いは、やはり現地に行かないとわからないと痛感しました。今後は、これまで技術的にサービスを提供しきれていなかったエリアやお客さまともっと向き合いたいですね」(川瀬)

「基地局の展開を企画する担当となり、5年ほどが経ちました。これまで光回線がネックになり、山間部の基地局の整備がうまくいかなかったことが数多くあります。その点で、新たにStarlinkという技術を活用し、乗鞍岳で通信環境の整備が実現したのは非常に大きなことだと感じています。私自身も乗鞍岳で、都心部にいるのと変わらない快適さで通話や仕事ができました。そのときに、改めて今回のプロジェクトが持つ重要性をお客さま目線で実感できました。今後もStarlinkとともに、誰にでもauのサービスを提供できるようエリア整備を進めていきます」(渡辺)