with-life

離島に新鮮野菜を!IoTを活用した南大東島のコンテナ型植物工場とは

沖縄本島から東に約360キロメートル離れた太平洋上にある離島、南大東島。この島の南大東村では、夏場の暑さや塩害、台風などの影響で島内栽培が困難で葉野菜の安定供給が課題でした。そこで、2017年に南大東村とKDDIグループの沖縄セルラー アグリ&マルシェ(以下、アグリ&マルシェ)はIoTを活用した「植物コンテナ整備事業」を共同で開始しました。島ならではの厳しい環境で、どのようにして葉野菜の安定供給を可能にしたのか。沖縄の離島特有の課題に挑む「コンテナ型植物工場」の全貌に迫ります。その仕組みと事業に込められた思いを、現地の取材を通じて紐解いていきます。

● 「供給不足」「高値」の解消に向けて「植物コンテナ整備事業」を始動

南大東村(南大東島)の広さは東京都板橋区より少し小さめな30.52平方kmで、人口は約1,200人。農産業の中核はサトウキビ栽培で同島における農地の90%以上をサトウキビ畑が占めています。

そうした南大東村の農業の特色について、南大東村役場 産業課 課長の仲田 茂生さんは「当村の場合、農家一戸当たりの経営耕地面積が約8ヘクタールと広大です。そのため、大型機械化や一貫作業体系といった大規模経営の手法が確立されています」と説明します。

沖縄県 南大東村役場 産業課 課長 仲田 茂生さん沖縄県 南大東村役場 産業課 課長 仲田 茂生さん

一方で、南大東村における農業は、島の気候が「葉野菜」の栽培に適さないという問題と長く対峙してきました。その問題が生んだかつての状況を、仲田さんはこう振り返ります。

「レタスなどの葉野菜は夏場の暑さや塩害、台風などに弱く、南大東島での栽培が非常に難しい作物です。ゆえに旧来は、島内における葉野菜の自給率がとても低く、島内で流通させる葉野菜や学校給食用の葉野菜のほとんどを島外(沖縄本島など)から仕入れていました。そのため、葉野菜の販売価格は沖縄本島よりも総じて高額だったのです。大型台風などで船舶が入港できず物資が途絶えたり、沖縄本島で葉野菜が品薄になったりすると、島内の葉野菜が極端に不足してしまい、値段が跳ね上がることがよくありました。レタス1株が千円以上で売られるようなことがあったほどです」

加えて、島内で流通する葉野菜の鮮度も低かったと、南大東村役場 産業課 主任の城間 恭さんは指摘します。

「沖縄本島から南大東島までの物資の船輸送には平均約14時間を要し、その間、小松菜などの葉野菜は冷凍して輸送されます。冷凍によって鮮度がかなり落ちますが、以前の島内では、そうした状態の葉野菜しか入手できないのが通常だったといえます」

沖縄県 南大東村役場 産業課 主任 城間 恭さん沖縄県 南大東村役場 産業課 主任 城間 恭さん

葉野菜を巡るこうした状況を打開すべく、南大東村が沖縄セルラー アグリ&マルシェと始動させたのが「植物コンテナ整備事業」です。この「コンテナ型植物工場」(以下、植物コンテナ)は村の旧空港跡地に設置され、2018年4月から本格運用がスタートしました。2019年には、もう1棟の植物コンテナを導入し、2020年4月から稼働させています。

●IoTで実現!コンテナ型スマート農業による葉野菜のスピード収穫

アグリ&マルシェは、沖縄の農業のスマート化を推進する「アグリ事業」を主力事業の1つとして手がける企業です。これまでにはIoTを使った沖縄県初の「イチゴ工場(完全密閉型イチゴ栽培工場)」「葉野菜用閉鎖型植物工場」を開設し、自社で運営しています。

そうしたアグリ&マルシェにとって、南大東村による植物コンテナ整備事業への参加は、植物工場に関する優れたノウハウを地域農業の変革、発展に生かすための重要な取り組みです。この事業にかけた思いについて、アグリ&マルシェの加賀 武史は「IoTを沖縄農業の発展に生かすというアグリ事業の使命を果たすべく、我々は沖縄セルラー電話の時代から10年以上の長きにわたって植物工場の事業を手がけています。そして、限られたスペースの中で最大限の収穫量を得るための環境づくりと運用のノウハウを培ってきました。南大東村に設置した植物コンテナには、葉野菜の供給を巡る村の課題解決に向けて、我々の知見とノウハウの全てをパッケージ化して詰め込んであります」と語ります。

沖縄セルラー アグリ&マルシェ株式会社 執行役員常務 アグリ事業推進部長 兼 マルシェ事業担当 加賀 武史沖縄セルラー アグリ&マルシェ株式会社 執行役員常務 アグリ事業推進部長 兼 マルシェ事業担当 加賀 武史

南大東村に導入されたアグリ&マルシェの植物コンテナは、天候に左右されることなく一年中葉野菜の栽培を可能にする閉鎖型の水耕栽培設備です。

南大東村が導入した植物コンテナ内の様子南大東村が導入した植物コンテナ内の様子

1棟が2基のコンテナを連結させたかたちで構成されており、IoTを活用した統合環境制御システムが組み込まれています。この制御システムの働きによって、コンテナ内の温度、湿度、CO2量、消費電力、(水耕栽培用溶液の)水温、肥料濃度、pHなどのモニタリングと制御が自動的に行われます。

植物コンテナでは養液を含む各種環境のモニタリングと自動制御を実現植物コンテナでは養液を含む各種環境のモニタリングと自動制御を実現

また、植物コンテナでは、電気使用量の低減を目的に野菜棚にはLED照明が、コンテナ外部には遮熱用屋根がそれぞれ採用されています。さらに、コンテナ内の制御盤を通じた環境確認や異常時のアラーム通知のほか、タブレットやスマートフォンを通じたコンテナの遠隔監視やアラートメールの送信なども実現されています。

植物コンテナではスマートフォン、タブレットを通じた遠隔監視が行われている植物コンテナではスマートフォン、タブレットを通じた遠隔監視が行われている

もう1つ、植物コンテナの重要な利点は、養液を循環させて使うゆえに使用する水の量が少なくて済むことです。加賀によれば、通常の農法に比べて植物コンテナによる水耕栽培は使用する水の量が50分の1で済むと言います。
 

さらにアグリ&マルシェでは、単に設備を導入するだけに留まらず、植物コンテナによる安定供給につながる支援も行っています。

「植物コンテナの事業で大切なのは、設備の導入を実質的な成果へと結びつけることです。その成果はシステムを導入すれば自動的にもたらされるものではなく、導入後のしっかりとした運用があって初めて成しえるものです。その見地から、当社では植物コンテナで働く方々への栽培研修や栽培サポートも提供しています」(加賀)

こうした植物コンテナ設備や栽培サポートに対するお客さまの評価は高く「南大東村役場の方からも、設備を入れただけで全てが終わり、これといった成果は何も上げられなかったかもしれないといったお言葉をいただいています」と、加賀は明かします。

● 葉野菜の安定生産により衛生的で新鮮な野菜を子どもたちが食べられる

2棟の植物コンテナではリーフレタス、水菜、小松菜、チンゲン菜の4種類を主に栽培しています。これらの葉野菜は村内5店舗で販売されているほか、商店やホテル、飲食店、学校給食などにも供給されています。

植物コンテナ産の葉野菜は島内5店舗で販売されている植物コンテナ産の葉野菜は島内5店舗で販売されている

2024年10月時点での植物コンテナの1日当たりの収穫量はおよそ500株で、年間約14トン規模の葉野菜の生産が可能になっています。こうした生産高により、船舶欠航時の葉野菜の欠品日数が2016年度は「225日」であったのに対し、2019年度は欠品日数「0日」を達成。学校給食における葉野菜の自給率も2016年度の26%から2019年度の99%へと跳ね上がっています。

2棟の植物コンテナでは、リーフレタスを中心に水菜、小松菜、チンゲン菜などが栽培されている2棟の植物コンテナでは、リーフレタスを中心に水菜、小松菜、チンゲン菜などが栽培されている

南大東島に住み、植物コンテナ産の葉野菜を販売する商店で働く沖山隆子さんは「植物コンテナのおかげで、レタスなどの入手のしやすさは以前とは比べ物にならないほど向上していて、島の人は皆が喜んでいます。もちろん、葉野菜の売れ行きもとても好調です」と笑みを浮かべます。

実は沖山さんは、植物コンテナ事業の立ち上げメンバーとして、アグリ&マルシェが運営する植物工場で研修を受けた1人でもあります。

「この研修は大変興味深かったですし、勉強にもなりました。最初の研修ののちも、アグリ&マルシェの方には、さまざまなサポートをいただきました。おかげで、植物コンテナ内の作業もストレスなくできたと感じています」(沖山さん)

「植物コンテナ産の葉野菜はよく売れる人気商品です」と語る沖山さん「植物コンテナ産の葉野菜はよく売れる人気商品です」と語る沖山さん

植物コンテナ内は温度・湿度が適度に保たれ、働く人は、どんな季節でも快適に仕事がこなせるという植物コンテナ内は温度・湿度が適度に保たれ、働く人は、どんな季節でも快適に仕事がこなせるという

一方、城間さんは植物コンテナについて次のように評価します。

「植物コンテナでの葉野菜の栽培は、衛生管理が徹底されたプロセスです。その中で作られた衛生的で新鮮な野菜を、学校給食用として潤沢に届けられるようになったことは、子どもたちの健康を願う親たちにとって非常に意義ある変革と言えます」

ちなみに、2023年に発生した台風6号によって沖縄本島は大打撃を被り、葉野菜が市場からほとんどなくなるという事態に陥りました。その一方で、南大東村の植物コンテナは稼働を続け、葉野菜の供給が維持されるという、かつてとは「真逆の状況」も生まれたといいます。

こうした成果もあり、アグリ&マルシェの植物コンテナは沖縄における他の離島への展開も進んでいます。その点を踏まえ、加賀は「当社の植物コンテナや植物工場は、離島を含む沖縄県の各自治体の皆さまによる関心の高いソリューションです。南大東村の取り組みも、地域課題の解決で実質的な成果を上げているものとして自治体のみならず、国からも注目されています」と明かします。

KDDIグループはこれからも、通信のチカラを活用し、離島を含むさまざまな自治体、地域の課題解決や暮らしの発展に取り組んでいきます。

KDDIトビラの記事カテゴリ

  • X
  • facebook
  • youtube