交通デジタルツインによる安全・安心なモビリティ社会を実現 スマホ位置情報を活用して「交通事故防止」

2年以上に渡ったコロナ禍の外出自粛要請によって、デリバリーの事業拡大が当時注目されました。リモートワークが推奨された“巣ごもり”期間中に、「初めてフードデリバリーを利用してみた」という人はとても多いようです。

また、非接触へのニーズも高まったことから、「タクシーを頻繁に利用するようになった」という人も増えてきました。最近では、シェアサイクルやキックボードなど、モビリティの多様化も進んできています。
実はいま、これに伴って「交通事故リスクの増加」という新たな社会課題が生まれています。まだあまり認知されていないかもしれませんが、多くの人が日常生活で一度は交通事故のリスクを感じたことがあるのではないでしょうか。

KDDIは、トヨタ自動車と“街・家・人・クルマの全てがつながるモビリティ社会に向けた取組み”を推進してきました。本取組みでは、「安全・安心なモビリティ社会の実現」、「グリーンなモビリティ社会の実現」、「モビリティ体験価値の拡張」のテーマを掲げ、技術開発/事業開発を進めています。
「安全・安心なモビリティ社会の実現」にむけて、位置情報・画像情報・センサー情報をもとにした「交通デジタルツイン」での交通流再現と実空間へのフィードバックによる危険把握・回避を行うことを目指しています。その取組の一環としてパートナーであるトヨタ自動車と、スマホの位置情報を用いて、自動車や二輪車がぶつかりそうになったときに、自動で通知する機能の開発を進めてきました。

2023年2月1日から2023年2月28日には、日本交通株式会社(以下、日本交通)、株式会社出前館(以下、出前館)、三井住友海上火災保険株式会社、 MS&ADインターリスク総研株式会社、トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ自動車)の協力を得て、東京都板橋区で公道における実証実験を実施。通常業務中に、本機能を搭載したスマートフォンをご利用いただきました。

その結果、業務中の運転手に車両の存在をリアルタイムにお知らせすることは、安全意識の向上や事故防止に寄与することを確認できました。
KDDIは、本機能の社会実装に向けてさらなる技術開発、サービス開発に向けてパートナーとともに取り組んでまいります。

モビリティ×通信の可能性―KDDIの思い

2019年、自動車対自動車の出会い頭における事故は3万4807件、うち72.8%を占める信号なし交差点付近の事故は2万5,340件ありました。
しかし、現在の自動車のセンサーでは、死角に潜む危険を検知することが、難しい場面も少なくないといわれています。

そこで、トヨタ自動車とKDDIは、「交通事故防止」を目的として、本機能の開発に乗り出しました。
仕組みは、とてもシンプルなものです。

まず、自動車や自転車などに、本機能を搭載したスマートフォンを備え付けて、スマートフォンから取得できる位置情報をトラッキングサーバーへ定期的にアップロードします。
そして、見通しの悪い交差点付近などで自動車や自転車が接近することをサーバーが予測し、ぶつかるリスクの高い車両を検知したときに、該当する運転手のスマートフォンへすぐに自動通知するという仕組みです。

運転手は、交差点の死角に隠れている車両の存在を、音声やバイブレーションでの通知で事前に把握し、より安全に運転することができます。

コロナ禍での「新たな社会課題」を解決したい

本機能の開発への思いを、KDDI 社会実装推進部 黒澤研吾はこう語ります。

「自動車や自転車はもちろんですが、原付や電動キックボードなど、新しいものも含めてあらゆるモビリティとモバイル通信を掛け合わせることで、社会に役立つ技術を開発したいと思っています」

KDDI株式会社 技術統括本部 技術戦略本部 社会実装推進部 黒澤研吾

2020年、世界は新型コロナウイルス感染拡大の危機に直面し、多くの人々が自宅で過ごすようになりました。

巣ごもりが長引くなかでもより便利に快適に暮らしたい、不特定多数の人との接触を避けて安全に過ごしたいというニーズが高まって、オンラインでの物品購入やデリバリーサービスの利用は一気に増えました。

しかし、これに伴ってギグワーカー*1の自転車による事故も増加し、新たな社会課題としてクローズアップされるようになったのです。

「私自身、休日に歩道を歩いているとき、勢いよく駆け抜けていく自転車にヒヤリとしたことがあります。自動車を運転している人たちからすると、さらに危なく感じるのではないかと思いました。私たちは、そういった事故をどうにかして減らしたい、新たな社会課題を解決したいという思いで、開発を進めています」

*1:雇用関係を結ばずに単発の仕事やプロジェクトを個人で請け負う労働者のこと

事故を防止するための“運転中のスマホ活用”

これから本機能は、社会実装を目指していくフェーズに入ります。
ここで鍵になるのは「普及率」だと考えています。

「サービス化するときは、初期段階から一気に広く普及させる必要があります。というのも本機能は、一定のユーザー数がいなければ、そもそも遭遇する確率が上がらないため、運転中に適切なタイミングで自動通知を受け取るユーザー体験も、得にくくなってしまうからです」

それならば、位置情報取得デバイスとしても、自動通知デバイスとしても、すでに広く普及しているスマートフォンを活用するのが最適だろう、と私たちは着目しました。

しかし、“運転中のスマホ活用”は、新たなチャレンジでもあります。
道路交通法を読み込み、さまざまなパートナー企業の皆様とも意見交換しながら、合法かつ安全で、すでに普及しているカーナビのように運転手が使いやすいユーザビリティを重要視しながら、開発を進めています。

「また、スマートフォンを活用する以外にも、日本交通や出前館のようなモビリティを利用する事業者様の業務アプリケーションとの連携も視野に入れて、機能開発を進めていくことが重要になると思います」

今後も、たくさんの方にご利用いただけるよう、改善を重ねてまいります。

スマホ位置情報のリアルタイム解析―KDDIの技術

実は、KDDIが「位置情報を取得してリアルタイムに通知する」という要素技術に着目したのは、今回の取組みを開始するより、ずっと前のことでした。

例えば、「特定の場所の周辺にいる人へのお知らせ機能」などは、特に多くの活用ニーズが寄せられたため、早期に技術的な試作は完成していたのです。

「トヨタ自動車との事故防止機能では、いままでの試作をベースにして、応用する形で開発を進めることができました。今回の実証を通じ、技術的にはすでに社会実装の一歩手前まで来た、と確信しています」

リアルタイム通知を支える、KDDIの技術力

本機能のなかでも、KDDIの技術力が本領を発揮したのは、「いかに適切なタイミングで通知するか」という点です。

「事故防止の観点だと、早めに通知が届いても、はっきり言って何の意味もないのかなと感じています。通知を受けて安全にブレーキを踏んでしっかりと速度を落とせる、安全に停止できるタイミングで通知しないといけないので、その見極めに最も注力しました」

ポイントは、従前より研究開発を進めていた「リアルタイム情報処理技術」をベースに、データ取得から通知までを迅速に行うための、サーバー処理を高速化する仕組みを開発して実装したという点。
条件にあった車両だけにターゲットを絞り、それ以外を除外するというロジックを、トヨタ自動車と連携しながら緻密に組み立てたのです。

「商用化すれば、全国津々浦々から位置情報が上がってきますが、例えば福岡の自動車と北海道の自転車がぶつかる可能性があるかというと、まずないですよね。ぶつかりそうなものだけを抽出して、それ以外を可能な限り除外できるよう、あらゆる条件設定を考えました」

データ取得量そのものを低減し、計算量を減らすことで、いずれ本機能の利用者が爆発的に増加したとしても、正常に稼働でき、適切なタイミングで通知できるシステムを実現できるように、今後もさらなる工夫を重ねていく予定です。

広い社会実装を目指し、ユーザビリティにも配慮

これからの社会実装においては、日本交通や出前館のようなモビリティを利用する事業者様の業務アプリケーションとの連携も視野に入れて、機能開発を進めていくことが重要になると考えています。
そのため、ユーザビリティがとても大事だと考え、通知音も工夫しました。
例えば、いざという時にしっかりアラートを上げられるようにするために、通知が頻繁に鳴ることがないよう工夫しています。

「また、タクシーで実装いただいたときに、耳障りな通知音が鳴ってしまってタクシー利用者様の満足度が下がることなどは、あってはならないことだと思いました。実際に現場で業務に従事されているパートナーのご意見も伺いながら、細心の注意を払って開発しています」

ほかにも、位置情報アプリは電力を消耗しやすいといわれますが、プッシュ通知時以外は画面を暗くするなど省電力にも配慮することで、電池切れの心配なくご利用いただけるようにするなど、利用者目線での開発を心がけています。

今後もKDDIは、業務中のユーザビリティ向上も含め技術的な改善を重ねて、社会課題を解決できるサービスの開発を推進していく予定です。

お客様の安全を守りたい―日本交通の思い

2023年2月1日から2023年2月28日、東京都板橋区で実施した公道における実証実験では、日本交通と出前館の通常業務中に、本機能をスマートフォンに搭載してご利用いただきました。

本実証に参画した目的や、本機能を利用した感想、今後の期待について、日本交通 板橋営業所 主任の片野光明さんと、班長の潮田祐美さんにコメントをいただきました。
※ 文中の所属・役職等は2023年3月当時のもの

左から日本交通株式会社 板橋営業所 班長 潮田祐美さん、主任 片野光明さん(当時)

「事故ゼロ」を目指したい

「自転車やバイクなど二輪車との接触事故は、もともと大きな課題でした」
こう話すのは、片野さんです。

板橋営業所では1ヶ月平均3~4件、二輪車との事故が発生しており、強い危機感を持っていたといいます。

「よくあるのは、信号がない住宅街で一時停止線がない道路をタクシーが走行中に、横道から一時停止線を無視した自転車が飛び出してくることです」(片野さん)

本実証で公道を運転した班長の潮田さんも、こう続けます。

「狭い住宅街で左折するときは、歩道に詰めて、ウィンカーを出して、必ず止まって目視確認をしますが、いざ曲がろうとする直前に自転車がスッと来て、車と歩道の間をすり抜けて行くとヒヤッとします」(潮田さん)

もちろん、運転手向けの研修では、「焦らずに停止して目視確認する」「二輪車が通り過ぎるまで待つ」など、徹底して教育しているといいます。
しかし、「事故ゼロを目指すには、双方のさらなる歩み寄りが必要」というのが、実情のようです。

「二輪車との事故は、お相手方が生身の状態なので、いくらタクシーのスピードが出ていなかったとしても、大きな怪我につながりかねません。本実証を通じて、双方の意識を高めたいと思い、協力させていただきました」(片野さん)

見えないところからの注意喚起は「ありがたい」

本実証では、日本交通と出前館の両社にアプリを起動したスマホを実装していただき、午後4時頃に下板橋駅付近の商店街エリアを走行しました。

実際に運転した潮田さんは、「毎日1~2回は通知があり、注意しなきゃと思いました」と振り返ります。

「通知が来ると、もっとスピードを落とそう、もう一度周囲を目視確認しよう、と安全意識が高まりました。自分では見えないところからの注意喚起によって、より広い視野で周りを見ることができ、ありがたかったです」(潮田さん)

「二輪車向けのアプリでは、走行中により見やすいように通知音や画面表示の文字が大きく設定されていたそうです。同じく、通知後に減速した、一時停止をより丁寧に行った、と効果があったと聞いています。もともとの我々の狙いであった双方の意識が高まったと実感しました」(片野さん)

これからの展開にも期待

続けて片野さんは、このようにご指摘いただきました。

「デリバリーサービス事業者様は時間を気にしながら商品をお届けする。私たちタクシー会社は、お客さまを速やかに目的地へお送りする。そのため、お互いに焦っている状態での運転になってしまうときがあります。そんなときに、お互いがこうしたツールを活用することで、リスクの低減になるのではないかと考えています」(片野さん)

また、本機能には、過去に事故件数が多い場所などの「危険地域」を予め設定しています。

「知らない道に行くことが多い仕事なので、どこが危険なのか事前に通知があると、より安全意識が高まるなと思いました」(潮田さん)

今後の業務システム連携についても、前向きなコメントをいただいています。

「タクシー、デリバリー、配送など、さまざまな業態があるので、業態ごとに使いやすいアプリがあると、利用しやすいのではないでしょうか。ぜひ、こういったツールも上手に活用しながら、よりいっそうの安全強化に取り組んでいければと思っています」(片野さん)

この記事をシェアする

このページに興味・関心がもてましたか