安心安全な駅を目指して3社が連携―5G/MECを活用した白杖検知プロジェクト

視覚に障害があり、白杖(はくじょう)を使用している方にとって、駅の改札口や通路、階段を進み、安全に電車に乗るまでには、さまざまな苦労が伴います。駅構内ではバリアフリー化やホームドア設置などによる安全対策が強化されているものの、衝突や転落のリスクがなくなるわけではないため、駅社員によるサポートが欠かせません。

一方で、東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)では、駅社員の多様な働き方の実現に向けて、一部の改札業務について遠隔対応の可能性を検討しています。改札業務の遠隔対応と、安心安全なサービス提供を今後も両立し続けるためにJR東日本では、セントラル警備保障株式会社(以下、CSP)、KDDIとともに、AI や5G/MEC(Multi-access Edge Computing)といった先進技術を活用して解決する可能性を探っています。

2022年度はJR浜松町駅のプラットフォームで、2023年度にはJR立川駅改札窓口にて白杖検知の実証実験を行いました。実証実験を通じて、AI や5G/MECといった技術が白杖をご利用のお客さまの安心安全と、駅社員の多様な働き方の実現に、どのように貢献できるのかを紹介します。

5G/MECを活用しさまざまな社会課題の解決へ

KDDIは、法人のお客さまのビジネスをよりよい形に変えるためのDXソリューションを提供するとともに、お客さまのソリューションを通した社会課題の解決を目指しています。新技術を用いた新しいユースケースの創出に取り組むKDDI DXサービス戦略部の渡辺裕介は、5GとMEC(Multi-access Edge Computing)の価値に着目していました。

「通信規格である5Gは高速・大容量、低遅延、多接続が特徴です。その5Gを介してデータ処理する中でリアルタイム性や応答性が求められる場合に有効なのが、ネットワークエッジ部分でデータを処理することが可能なMECです。デバイスと近い距離でデータ処理できるためその応答は低遅延で、さらにインターネット上ではなくKDDI網内なので外部ネットワークの影響を受けづらく品質が安定しています。さらにKDDIのMECはAWS Wavelengthとして提供しているため、AWS(Amazon Web Services)と同じ使い勝手なのも特徴です。これらの価値は幅広く、あらゆる業界の課題解決に活用できる可能性があると考えていました。そのうちの一つが、今回の白杖検知の実証実験です」(渡辺)

KDDI株式会社 DX推進本部 DXサービス戦略部 渡辺裕介

そこで、2022年度から5G/MECの価値検証を行い、これらの特徴が映像分析に適していることを確認した上で、まずはKDDI社内で簡単なPoCを実施しました。具体的なユースケースを探る中で、セントラル警備保障株式会社(以下、CSP)さまが警備ロボットに搭載している白杖検知の仕組みと、5G/MECの親和性に着目し、パートナーさまとの共創ビジネス開発拠点であるKDDI DIGITAL GATEにおいて、実現に向けた検討を進めました。

「KDDIが会員として参画している東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)さまの“WaaS*1共創コンソーシアム”にお取り次ぎいただき、活動テーマの1つとして『5Gによる白杖検知』の実証実験プロジェクトをスタートさせました。プロジェクトでの役割は、JR東日本さまが実証フィールドを用意し、CSPさまが白杖検知のAIプログラムをMEC上に構築しました。KDDIはMECとそこにアクセスするための5G環境を提供しています」と話すのは、KDDI ソフトウェア技術部 権瓶竹男です。
*1 WaaS(Well-being as a Service)とは、Well-beingな社会を実現する仕組みです。Well-beingな社会とは「みんなで選び みんなで創り みんなで育む ひととのつながりや協働を中心にした社会づくりができる世界のこと」です。WaaSの取り組み例としては、XR技術などを活用した観光活性ソリューション(JR原宿駅)やAI案内ロボット(JR高輪ゲートウェイ駅)などがあります。

KDDI株式会社 DX推進本部 ソフトウェア技術部 権瓶竹男

さらに進化する5Gがユースケースを拡大していく

実証実験を通じて、駅の構造として、壁が厚くかつ入り組んでいるため、機器の設置場所によっては電波が届きにくいことがあることが分かりました。また、JR立川駅で実施した2023年度の実証実験でも新たな気付きや技術の可能性を感じたと権瓶は話します。

「机上で考えるのではなく実際に駅で観察してみると、その中には白杖以外にも杖を使う方、怪我をしている方や大きな荷物を持つ方など、さまざまなご事情を抱えていらっしゃる方が駅社員のサポートを受けておられることに気付きました。また、今後AIモデルが高度化して、お客さま一人ひとりに応じたサポートを実現できる可能性を感じました。5Gの技術は現時点で完成形ではなく、今後さらに安定性や信頼性を高めるための取り組みが進んでいます。今よりもユースケースは拡大するでしょう」(権瓶)

例えば、担い手不足が深刻な社会問題となっている建設業界では、機械やロボットの遠隔制御などで5Gの活用が期待されており、複数のパートナーさまとともに、実用化に向けた実証実験を進めています。

「MEC上でAIによる映像解析を実現することにより、モニター越しでは人間が気付けない危険を、ロボットが自動で回避するなどの機能の実現ができるかもしれません。映像を取得してリアルタイムにAIで分析し、低遅延でフィードバックするという今回の実験でのユースケースには広がりを感じています」(渡辺)

2度の実証実験を経てKDDIは、5G/MECのさらなる活用に手応えを感じており、JR東日本さま、CSPさまと協力し、駅利用者の方のさらなる安心安全をサポートする取り組みを考え、継続していきたいと考えています。また、このプロジェクトは駅の安心安全を支える駅社員の業務負担を軽減する取り組みでもあり、多様な働き方の実現にもつながっていくことでしょう。これからもKDDIは、誰もが思いを実現できる社会の実現に向け、さまざまなパートナーさまとともに、新たな価値創出を目指していきます。

AIによる画像解析システムを白杖検知に生かす―セントラル警備保障

セントラル警備保障株式会社(以下、CSP)では、AIによる画像解析システムを警備に利用するための、技術革新の取り組みを進めてきました。その1つが白杖検知の技術で、自律巡回警備ロボットへの搭載を実現し、JR高輪ゲートウェイ駅での実証実験も行いました。警備ロボット開発に携わるCSP 開発推進本部の佐藤光晴さんは、この技術の用途拡大への思いを次のように語ります。

「CSPでは、この技術を幅広く活用して社会課題の解決に貢献していきたいと考えており、今回の実証実験は今後の社会実装を進める上で大きな意義があると考えています。5G/MECの実装は、それまでのオンプレミス構成にはない、4つの大きな価値に期待しました」

セントラル警備保障株式会社(CSP) 開発推進本部 研究開発部 次長 佐藤光晴さん

佐藤さんが説明する5G/MEC の大きな価値とは、「駅社員の情報端末に早く情報が伝わる」「現場に高性能なデバイスを設置する必要がない」「MECのGPUリソースなどを利用した高度な分析処理が可能」「故障対応、バージョンアップなどのメンテナンスが簡単」の4つです。

・駅社員の情報端末に早く情報が伝わる
情報が早く伝わることで、適切な対応がしやすくなります。また、データの収集が早ければ、後続の処理に時間を割くことができ、より高度な解析や正確な判断が可能になります。

・現場に高性能なデバイスを設置する必要がない
現場に設置するデバイスは最小限で済むため、設置場所が増えた場合に作業量やコストを抑えることができます。

・MECのGPUリソースなどを利用した高度な分析処理が可能
AIでの高度な解析処理には、用意するサーバーの選定も重要です。オンプレミスのシステムでは調達や環境構築に時間がかかりますが、MECでは簡単な操作で必要とするスペックを選択することができ、解析処理の実装やチューニングといった本質的な作業に注力できます。

・故障対応、バージョンアップなどのメンテナンスが簡単
デバイスの設置場所が増えた場合でも、解析するためのMECを容易に追加することができるため、柔軟な拡張性があります。

カメラの画像内に白杖を検知すると警告灯が反応する(JR立川駅での実証実験)

佐藤さんは、「実証実験で活用したKDDIの5G/MECはAWS Wavelengthとして提供されています。そのため、使い慣れたAWSのユーザーインターフェースでリモートからメンテナンスできます」と、その使い勝手の良さにも価値を感じられています。

知見、技術、パートナーの連携で社会課題の解決を

佐藤さんは、2022年度における実証実験の成果をこう振り返ります。

「KDDIが提供する5G/MECを利用し、ホーム上の白杖をご利用のお客さまを正確性、即時性、安定性という観点で期待どおりに検知することに成功し、駅の安全性向上の可能性を確認することができました。また、期間中はカメラ映像を確実にMECに転送でき、5Gのスループットも安定していました。こうした点を実際の現場で確認できたことは大きな成果だと考えています」

一方、今後の大規模展開を見据えての課題も見つかりました。白杖と白いホームドアの色が似ており、場所ごとにチューニングを行って検知精度を向上させる必要があること、また、カメラ映像を全てMECに転送すると、データ量が大きいためネットワーク帯域を必要とすることです。

この結果を踏まえ、2023年度のJR立川駅での実証実験では、検知精度の向上を意識しました。カメラの設置位置が大きく異なることから精度低下が懸念されたため、AIモデルの追加学習で対応するとともに、カメラからMECに送る画像データを減らす処理を加えています。

「追加学習の効果もあり、おおむね期待したとおりの白杖検知ができるようになりました。誰もが安心してさらに快適に駅をご利用いただくためには、1つの技術や対策では解決が難しいことが少なくありません。CSPは日頃、駅構内の警備業務にもあたっているため、白杖をご利用のお客さまに限らず、さまざまなお客さまをサポートしてきました。その知見と新技術の開発、そしてさまざまなパートナーとの連携によって、社会課題の解決に取り組んでいきます」

社員の多様な働き方の実現とお客さまの安全を守るために―東日本旅客鉄道

白杖検知実証実験を進めている“WaaS共創コンソーシアム”は、東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)の呼びかけで集った会員企業が、アセット、データ、ノウハウ、連携の場の提供を行うための活動で、Well-beingな社会の実現に向けて、移動×空間価値の向上を目指しています。

人口減少、働き方の変化やネット社会の進展、自動運転技術の実用化等により、鉄道の移動ニーズが縮小している現実があるなか、鉄道業界を持続的に発展させたいという思いをJR東日本 イノベーション戦略本部の髙安英子さんは説明します。

「仕事を通じた働きがいの創出や、労働条件の向上、健康経営の推進など、JR東日本グループの社員が持続的に成長できる環境を整えることが、お客さまに安全に、安心して鉄道をご利用頂くサービスの提供につながります。日々お客さまに接している駅社員だからこそ、お客さまのご期待や、課題等を把握することが出来ます。お客さまのより近くで創意発揮が出来るよう、現業部門と企画部門間の業務体制の見直しが行われています。このような背景から、社員の多様な働き方を実現できるように、駅における改札業務のありかたを検討し、働き方改革を進めていく必要があります」

東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本) イノベーション戦略本部 デジタルビジネスユニット 髙安英子さん

しかし、髙安さんは、駅社員の負担感が増している中でも、お客さまの安全に関わる仕事は、絶対に手を抜くことはできないと話します。

「白杖や車椅子をご利用のお客さまには、一人ひとりに合わせた対応が必要となります。改札窓口からホームまでお連れして、電車を一緒にお待ちし、安全にご乗車いただくまで見送るための人員を置くのも厳しい状況で、セントラル警備保障株式会社(以下、CSP)さまなどにも協力いただいて安全を守っています」

そこで2023年度の実証実験では、白杖を利用するお客さまが改札口に近づいたときに駅社員が通知を受け、そのときだけ駆けつけて対応できる仕組みの実現を目指しました。お客さまにとっても、駅社員を呼び出す負担が少なくなります。

通信状況が悪化しやすい環境下で白杖の高い検知率と安定性を確認

(画像提供元:JR東日本)

技術によって安全を守りながら、駅社員の多様な働き方を実現できないものかといった願いをかなえるための道筋は、課題を感じつつも白杖検知の実証実験で見えてきたようです。

「2022年度、23年度の実証実験は、実験実施エリアに白杖をご利用のお客さまが少なかったため模擬被験者で行いましたが、検知率はとても高く、安定していました。一方で、駅では多くのお客さまが行き交うため、サポートが必要な方が人影に隠れてしまいやすく、画像だけに頼る技術には限界があることも分かりました。コストや管理の負担を考慮しつつ、死角を作らないようにカメラの台数を増やすなどの取り組みが必要だと感じています」

5G/MEC環境を提供したKDDIに対しては、通信状況が悪くなりやすい駅において、適切に課題を解決したことを評価しています。

「列車には多いときには約3,000人のお客さまが乗車されており、非常に多くの方がスマートフォンを手にしていますので、駅到着時には実証環境の通信状況が大きく影響を受けることが分かりました。そのため、白杖検知などの安全対策以外でも、駅にさまざまなサービスを導入していく際に、安定した通信環境は必要不可欠だと考えています。お客さまの安心安全や駅社員の多様な働き方を実現するため、これからもKDDIによる、安定した通信環境の提供をはじめとしたご協力に期待をしています」

KDDIでは、これからもKDDIのケイパビリティである通信技術などの高い信頼性のある技術力を生かし、JR東日本さまの期待に応え続けていきます。そして、今回の取り組みにとどまらず、JR東日本さまやCSPさまをはじめとするパートナーさまと、より一層の協力体制を築き、KDDIが提供できる価値を拡大していくことで、さまざまな社会課題の解決に向けて取り組んでいきたいと考えています。

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