KDDIは、誰もが安心で豊かなデジタル社会の実現を目指し、スマートフォン依存に関する研究開発に積極的に取り組んでいます。
スマホが普及した今、「うちの子、ずっとスマホに向かっていて心配」と悩む保護者の声が聞かれるようになりました。「スマホ依存」という言葉も生まれ、常にスマホに触れている我が子は病気なのでは、と心配する人も増えています。
スマホ依存にはまだ明確な定義がありません。2022年1月に世界保健機関(WHO)がゲーム依存(障害)を国際疾病として認定しましたが、スマホ依存は疾患として認められておらず、未解明な部分が多いのが現状です。
KDDI総合研究所では、スマホの過剰な使用による夜更かしや昼夜逆転、学校の成績が著しく落ちスマホを触っていないと落ち着きがなくなるなどの日常生活に支障をきたしている状態をスマホ依存と考えています。
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スマホ依存に限らず依存症全般においては本人の自覚がなく、客観的な状態が把握できないことが大きな障壁となります。スマホ依存は精神疾患との関わりも深いため、研究を進める上では医療の専門家との連携が必要不可欠です。
そこで、ネット依存外来を設置して治療を行う病院とデータ分析の有識者とともにスマホ依存の研究と実態解明に取り組んでいます。将来的には、「DTx(Digital Therapeutics:デジタルセラピューティクス)*1」の実現を目指し心の病を治療するアプリの実用化および研究開発を進めていきます。
*1 DTx(Digital Therapeutics:デジタルセラピューティクス):疾病の診断や治療、予防等の医療行為を支援するデジタル技術で、患者が医師の指導の下、治療目的で使用するものを指します。
スマホの使い過ぎに悩む親子をアプリで救いたい
スマートフォンが普及するにつれ、ニュースなどで「スマホ依存」が取り上げられることが増え、問題視されるようになりました。2022年1月には世界保健機関(WHO)がゲーム依存(障害)を国際疾病として認定したこともあり、ゲームも含めたスマホ依存にさらに注目が高まっています。
本来は楽しいツールであるはずのスマホが親子の悩みとなっている--KDDI総合研究所 ライフサイエンス研究所 所長 本庄 勝は約10年前、本プロジェクトの立ち上げを決めました。
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「スマホを使い過ぎて夜更かししてしまうため起床できない、学校にも行けない、親のクレジットカードでゲームに課金してしまう、家に引きこもって暴力をふるうといった事態に陥っている青少年がいることに課題を感じました。リアルの関係性から逃がれるために、スマホに依存している人達も数多く存在しています。スマホ依存はまだ解明されていない部分が多いのですが、こうした負の面に関してもきちんと向き合い、セーフティネットを作っていくべきだと考えました」
本庄は、「人と人とをつなぎ、コミュニケーションで社会の幸せを実現したい」と考え、プロジェクトの立ち上げを決めました。
スマホ依存の社会課題を解決するためには、技術の専門家だけではなく学際的なオープンイノベーションの発想が大切だと考え、医療の専門家とも積極的に協業して取り組みを進めることにしました。
目に見えない心の病にアプリを処方
研究を進めていくなかで、倫理的な面に配慮しつつ心理的な手法を使えば、医療分野にも活用できる可能性があると考えています。そこで現在は、「心の病(精神疾患)をアプリで治す」ことをビジョンに掲げてプロジェクトを進めています。病気になったら病院へ行くと処方箋に従って薬が出されるように、心の病に対してアプリを処方して治す未来を目指しているのです。
とはいえ、スマホ依存対策にスマホを使うとなると、相反しているようにも思えます。
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「よくそう言われます。でも、スマホに向かったときにアプリを使って自分でコントロールできるような仕組みを作れば、過度なスマホ利用を抑えられます。ちょっとした工夫で人の行動を変えられることもあるのです」
DTxに貢献できる研究開発を推進
本庄は、「DTx(Digital Therapeutics:デジタルセラピューティクス) *1」が大きなパラダイムシフトを起こすと考えています。米国ではすでに、糖尿病患者の生活管理や、発達障害改善、戦争等での心的外傷を負った患者を対象とした治療方法など、多くのDTxの開発が進んでいます。一方、日本ではニコチン依存症、高血圧、不眠障害、の3つのみです。米国と比べると10年遅れていると言われています。
今後は国内でもプログラム医療機器に関する規制緩和の検討が進んでおり、DTxがさらに加速していくと考えています。
*1 DTx(Digital Therapeutics:デジタルセラピューティクス):疾病の診断や治療、予防等の医療行為を支援するデジタル技術で、患者が医師の指導の下、治療目的で使用するものを指します。
KDDI総合研究所は、通信会社の研究所としてDTxに貢献できる研究開発を続けていきます。
現代の病「スマホ依存」実態解明への取り組み
スマートフォン依存は「否認の病」と言われています。本人は自分がスマホに依存していると認めないため、スマホ利用の実態も把握できていないことが多いのです。
そこで、KDDI総合研究所はスマホに搭載されている20以上のセンサーを利用してスマホの利用状況を詳細にデータ取得できるアプリを開発しました。スマホの利用時間総数や時間帯推移といった一般的な項目に加え、ロック解除の頻度等の詳細を記録し解析ができます。
スマホ依存の実態解明に向けて分析調査を実施
KDDI総合研究所は東京医科歯科大学病院 精神科 ネット依存専門外来の患者さんで分析調査にご同意いただいた方を対象にスマホの利用データの収集を行いました。現在は早稲田大学の内田研究室とも連携し利用データの分析を行っています。
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スマホ依存の中でも動画をずっと見ているようなタイプの人は1日にロック解除する回数は少なく、ロック解除あたりの利用時間は長い傾向があります。またSNSの利用が多いタイプの人は1日にロック解除する回数が多いけれどロック解除あたりの利用時間は短い傾向があります。
1日当たりのロック解除の回数をX軸、ロック解除あたりのスマホの利用時間をY軸のグラフで表現し、ある患者さんの結果をプロットした結果がこちらです。

グラフの右下にプロットがある場合、その日はロック解除を頻繁にしていた(SNS等を頻繁にチェックしていた)と解釈ができ、グラフの左上にプロットがある場合、ロック解除後長時間アプリ等を利用していた(動画等をずっとみていた)可能性があると解釈できます。
スマホ依存の方でも、SNSに依存している人や動画の閲覧に依存している人によって、プロットの傾向が異なります。またグラフのように長期間、数か月にわたってプロットの推移をみることでスマホ依存の傾向の変化をみることができるのです。
また、患者さんのスマホ利用パターンの変化を見ることもできます。
利用パターンが日々の間で似ている場合は赤色で表示され、逆に似ていない場合は青色で表示されるため、この色の変化を見ることで、利用パターンに変化があった日を推測することが可能です。
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このような収集したデータの分析は、早稲田大学 基幹理工学部 情報理工学科 内田真人先生にもご協力をいただき、学術的な目線で指導を頂いております。
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「スマホ依存はまだ解明されていない分野なので、分析しながら理解を深め、治療や予防するためには何が必要かと考えながら一緒に進めています。通信事業者として負の面にも目を背けることなく、研究を進めていくことはICT企業全体のありようを変えていくことだと思います」(内田先生)
DTxの実現を目指して
「スマホ依存」の実態把握に留まらず、スマホ依存を改善する「Digital Therapeutics:デジタルセラピューティクス)*1」の研究開発も進めています。家族療法に基づくアプリで、親子の関係を改善することでスマホ依存を軽減する方法です。親と子(患者)がそれぞれのアプリを使用し、親が子を褒めるポイントを指南したり、スタンプで褒めたりなど交流を促す仕組みになっています。こちらも東京医科歯科大学の患者さんと家族に使っていただき、その効果を検証中です。
*1 DTx(Digital Therapeutics:デジタルセラピューティクス):疾病の診断や治療、予防等の医療行為を支援するデジタル技術で、患者が医師の指導の下、治療目的で使用するものを指します。
加えて、XRやメタバースなどのITトレンドを取り入れた研究開発も進めています。医療現場では倫理審査の手続きなどを丁寧に進めていく必要がありますが、将来的にはDTxによって人の行動が変わるというエビデンスを示していくことでプログラム医療機器の実現を目指して取り組んでいます。
未解明といわれるスマホ依存とは
スマートフォン依存の診療を行う東京医科歯科大学病院 精神科 ネット依存外来の治徳先生、小林先生にお話を伺いました。
ネット依存外来を受診する患者さんは、おおよそ6割が中高生だと言います。性別としては男性が約7割で、ゲームへの依存が非常に多いとのこと。スマホを使い過ぎることにより、睡眠障害や抑うつ、食事が取れないなどの健康状態に影響が出る人や、家族への暴力、課金の問題なども起きていると言います。ですが、その原因はまだ解明されていません。
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東京医科歯科大学病院 精神科 ネット依存外来 助教 小林七彩先生
「スマホ依存は脳神経科学による分析で他の依存症と比較すると、共通している部分もありますが、研究ごとに一致しない結果が出ることもありまだわかっていないところが多い症状です。そこで今、スマホ依存に至る行動分析をメインに取り組んでいます」(治徳先生)
KDDI総合研究所との連携で患者さんへの行動分析を開始
現在、スマホ依存の実態解明およびDTxの実現に向けて共同で取り組みを進めています。KDDI総合研究所が提供するスマホの利用状況を詳細に記録できるアプリを患者さんにダウンロードしてもらいデータ分析や治療効果について検証を行っています。
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「KDDI総合研究所から提供されたアプリによって、患者さんのスマホ利用の把握が容易になりました。スマホ依存の人は基本的にスマホを常に持っているため、アプリによる行動解析に信頼性が高いという特徴があります。“監視されている気がする”と言ってアプリを使いたがらない患者さんもいるのですが、治療が進むとアプリにも抵抗を感じなくなるようです。その点も含めて参考になります」(治徳先生)
患者さんの多くは、自分がスマホ依存であるという自覚症状がありません。そのため診療のきっかけは保護者が心配して一緒に病院に来られるケースがほとんどです。その患者さんたちに対して治療を進めていく上で、アプリで使用状況を可視化すると「自分はこんなに長時間もスマホを使っているんだ」と意識できるようになります。
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「時系列でデータを取っているため、最初は夜の使用時間が長かったけど最近は減ってきたなど、患者さんに治療の経過を視覚で伝えられます。患者さんも治療のモチベーションになるのではと考えています」(小林先生)
現在、ほぼすべての患者さんに提供しています。自分がスマホ依存であるという認識が進んできた段階で、この時間帯は少し減らしてみようかなどの指導をしているそうです。
「治療に前向きに取り組んでいる人ほど積極的に使ってくれているため、助言がしやすくなり、治療のアプローチも立てやすくなっています。具体的な行動により、患者さん自身が治療していると認識できることも大きいです。自分の結果に興味をもって今回はどうでしたかと聞いてくる患者さんもいます」(小林先生)
DTxで進む迅速な治療と予防医療
治徳先生は「DTx(Digital Therapeutics:デジタルセラピューティクス)*1」の実現に向けて、いまは時間をかけてデータを集めている段階だと話します。
*1 DTx(Digital Therapeutics:デジタルセラピューティクス):疾病の診断や治療、予防等の医療行為を支援するデジタル技術で、患者が医師の指導の下、治療目的で使用するものを指します。
「このアプリは、患者さんのスマホにダウンロードしているので診療以外の時間帯も自動的にデータ収集を行っています。今後はリアルタイムに近い状況で治療方針を決めていけるようになるのではないでしょうか」(治徳先生)
スマホ依存の治療はとても時間が掛かります。患者さんやご家族の話をじっくりと聞くため、診察時間も長くなります。しかし、客観的なデータを示せることで治療時間を短縮でき、患者さんも医療者も負担が軽くなると言います。
最終的にはスマホ依存をスマホで予防する、予防医療まで持っていきたいと今後の展望を話してくれました。