生活の三大要素「衣食住」の言葉の通り、私たちの生活に欠かせない衣服。寒さや怪我から身を守るだけではなく、好きな衣服に身を包むことで自己表現をしたり、気分を上げたりしてくれる重要なアイテムです。
しかし、アパレル商品の企画・デザインは数多くの実物サンプルを試作するために、多大な時間とコストをかけなければなりません。加えて、アパレル商品の生産方式は見込み型の大量生産方式をとるのが一般的で、生産した商品が大量に売れ残ってしまうことによる不良在庫の発生や、破棄の問題も大きな負担となっています。
島精機製作所(以下、島精機)とKDDIは、そうしたアパレル業界におけるモノづくりやサプライチェーンを、効率的で無駄のない地球環境に優しいサステナブルなものに転換すべく、島精機のアパレル業界向け3Dデザインソフトウェア「APEXFiz(エイペックスフィズ)」とKDDIのXR (クロスリアリティ) 技術を連携させた商品販促ソリューション「XRマネキン for APEXFiz」の提供を開始しました。
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XRマネキンは、アパレル商品(衣服)のバーチャルサンプルをスマートフォンやさまざまなデバイスを介して360度好きな角度から立体的に確認できるようにする技術です。この技術を使うことで、「デジタルカタログ」や「360度VRショールーム」なども実現できます。
一方、島精機のAPEXFizは、ニット素材やニット服を3Dでリアルに、かつ高精細に画面上で再現し、サンプル試作品の作成を不要にできるデザインソフトです。また、同社のコンピュータ制御横編機「ホールガーメント横編機」とも連携します。
これらを組み合わせたXRマネキン for APEXFizによって、商品の企画からデザイン、サンプル試作、生産、販売に至るサプライチェーンのすべてのプロセスをデータでつなぎ、効率化することが可能になります。
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島精機とKDDIは、アパレル業界のサプライチェーンを変革することによるサステナブルな社会の実現と、お客さまが安心して商品を購入できる体験との両立を目指して、今後も取り組みを続けていきます。
ビジネスの効率化と環境負荷の低減を同時に実現させたい
「アパレル業界は地球環境に対する負荷がかなり大きい業界です。サプライチェーンのDXによって、その負荷を可能な限り引き下げ、同時にビジネスのスピードを高めて効率化すること。それが、KDDIの思いであり、私の願いでもあります」と話すのは、KDDIでアパレル業界のDX(以下、アパレルDX)を推進するXR推進部 サービス・プロダクト企画1Gの藤倉皓平です。
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藤倉は、前職でアパレル業界に従事していました。当時より、アパレル業界のモノづくりの現状を変革したいという強い思いを持ち、通信のチカラを使うことで実現に近づくのではないかと考え、KDDIに入社しました。
「島精機社のシステムには、アパレル業界のモノづくりとサプライチェーンのあり方を変革し、地球環境への負荷を減らしたいという思いがあります。それは、KDDIが目指すサステナブルな社会の実現と重なります。そこで、アパレルDXの施策を本格展開するにあたり、早い段階で島精機社にお声がけし、XRマネキン for APEXFizの製品化に至りました」
消費者をワクワクさせるXR技術で、サプライチェーンを進化させたい
KDDIはアパレル業界において、サステナブルなサプライチェーンの実現だけではなく、ワクワクするようなショッピング体験の創出にも挑戦したいと考えています。「XRマネキン」の技術は、アパレル店舗やECサイトでのショッピング体験、顧客体験(CX)を変革するためのものでもあるのです。
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「XRマネキンの技術でKDDIが目指しているのは、実際の商品(衣服)に触れなくても、その質感、着心地などを高精度に再現できることです。また、バーチャルヒューマンをファッションリーダー兼店舗スタッフとして機能させ、接客させることで、実店舗やECサイトの店舗体験・顧客体験をより魅力的なものにできると考えています。アパレル商品を選び・購入するという体験は、お客さまを“ワクワク”させるものでなければなりません。高精細なバーチャルサンプルを使ったXRコンテンツを使えば、そうしたワクワク感を演出できると確信しています」
藤倉の言うワクワク感をもたらすXRコンテンツ、バーチャルヒューマンは、店舗やECサイトと消費者とを結ぶインタフェースを進化させるものとも言えます。
「XRマネキンによって、店頭で販売前の商品についてアンケートを展開し、新商品の需要予測に役立てることも可能になります。予測に基づいて適切な生産計画を立てることで、不良在庫を大量に抱えてしまうリスクを避け、収益率の向上と地球環境負荷の低減をともに実現できるわけです。また、リアルなバーチャルサンプルによって、実物サンプルの制作を最小限に削減することもできます」
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このようにXRマネキンは、アパレル業界の変革に大きく貢献できる可能性があります。今後は、XRマネキンの機能強化を図り、訴求できる衣服の種類・幅を広げていきたいと考えています。
KDDIはこれからも、ワクワクするショッピング体験とサステナブルなサプライチェーンの実現を目指して取り組んでまいります。
「XRマネキン」をさらに高精細にするクラウドレンダリング
KDDIの「XRマネキン」は、商品(衣服)訴求のXRコンテンツを作成するための仕組みです。「APEXFiz」などのデザインソフトを用いて企画・作成したバーチャルサンプルを使って、スマートフォンや店舗のデジタルサイネージ(デジタル看板)いった多様なデバイスを介し、商品を360度どの角度からも閲覧可能にします。
このXRマネキンでバーチャルサンプルを更に高精細に表示できるようにするのが、Google Cloud*¹の3D・XRコンテンツ配信のサービス「Immersive Stream for XR」を活用したクラウドレンダリングの仕組みです。レンダリングとは、3Dデータを画像化する処理のことですが、高精細に表示しようとするとポリゴン数や生地テクスチャのサイズが増え、データサイズが非常に大きくなるため処理が重くなり、スマートフォンや店舗のデジタルサイネージといったデバイスで行うことは性能的に困難でした。処理速度を上げるためにデータの軽量化をするにも、モデル1体あたり約3時間という膨大な作業時間がかかっていました。
このレンダリングの処理をGoogle Cloud上で集中的に行い、XRコンテンツを、ストリーミング配信することで、スマートフォンなどのモバイルデバイスやデジタルサイネージで表示・再生できるようになりました。この仕組みによって、従来のXRコンテンツ制作では大きな労力がかかっていた「データ軽量化」の作業をすることなく、高精細の3DモデルをXRで配信することができるようになります。
*¹:Google Cloud は Google LLC の商標です。
XRマネキンの多彩なユースケース
XRマネキンでは、APEXFizなどのデザインソフトから取り込んだバーチャルサンプル(3Dデータ・画像データ)を使い、さまざまなXRコンテンツの提供を可能とします。XRマネキン for APEXFizで実現されているコンテンツについて改めてご紹介します。
【すぐに導入いただけるユースケース】
① デジタルカタログ
MasterVisions株式会社が提供している「自由視点映像」の配信プラットフォームを活用したXRコンテンツにおいて、APEXFizで作成した高精細なバーチャルサンプルを使用してデジタルカタログを制作できます。商品の実物に触れずとも、その商品の色合い、質感、着心地などを感じとることも可能です。デジタルカタログはECサイトや決済システムと連携させることができ、販売促進ツールとしての運用も行えます。
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② 360度VRショールーム
「au XR Door」のWEB版を活用し、VR空間で360度見られるように展示できます。
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③ 店舗のデジタル拡張
スマートフォンを店舗内でかざすと、カメラが風景を認識し、特定の場所にコンテンツや情報を表示させるAR機能。この機能は店舗のデジタル拡張に応用できます。
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【今後展開予定のユースケース (開発中)】
④ スマートグラスによるバーチャル展示
KDDIがNreal社と共同開発したスマートグラス「NrealLight」を活用したバーチャル展示。NrealLightをかけると目の前の光景にバーチャルサンプルが立体的に投影され、360度から回り込んで見ることができます。
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⑤ バーチャルヒューマンを活用した製品PR・店舗活性化
「au VISION STUDIO」が企画・開発したバーチャルヒューマン「coh」にバーチャルサンプルを着せたXRマネキンを製品PRや店舗活性化につなげることができます。
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こうしたXRマネキン for APEXFizで実現できるXRコンテンツが、これまでになかった新しいショッピング体験、顧客体験を可能にしていきます。
人手をかけずに、生地の無駄をなくしたい
島精機は、「限りなき前進」を理念として掲げ、ホールガーメント横編機をはじめ、ニット商品のデザインシステム/ソフトウェア、CAD/CAMシステム、プリンティングマシン、PLMソリューションなどを提供しています。
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「コンピュータ制御のホールガーメント横編機は、ニット商品のマスカスタマイゼーションや小ロット・オンデマンド生産に対応できる編機です。完成までには相当の苦労がありましたが、“限りなき前進”という理念どおり、粘りに粘って世界で初めて製品化に成功しました」と、島精機製作所 トータルデザインセンター広報担当の烏野政樹さんは明かします。
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そうした粘りの背景には、ニット商品を生産する際の人手を減らし、かつ、原材料の無駄をなくしたいという思いがありました。
「ホールガーメント横編機は、縫製に人手をかけず、材料の無駄な消費をゼロにできるというメリットがあります。カットソーを生産する場合、材料の30%は無駄になりますが、ホールガーメントの場合、生産に伴う材料の無駄はゼロです。このように無駄のないサステナブルなモノづくりを実現することは、当社の基本的なコンセプトであり、強い思いです」(烏野さん)
その思いは、デザインシステムの「SDS-ONE APEXシリーズ」やデザインソフトウェアの「APEXFiz」にも反映されています。これらの製品は、実物の糸をスキャンし、その糸を使ったニット商品を実物とほぼ変わりないクオリティで再現(シミュレート)することができます。これにより、実物サンプルの試作を不要、ないしは最小限に抑えて商品開発のリードタイムを短縮するとともに、実物サンプルの試作によって発生する材料の無駄な消費も最小化することが可能です。
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トータルファッションシステムで、在庫、売れ残り、機会損失をゼロに
アパレル業界ではこれまで、多大な工数とコストをかけて数多くの実物サンプルを試作することが当たり前のように行われてきました。「なかには試作した実物サンプルの数%しか商品化されないといったケースもあります」と、島精機製作所 トータルデザインセンター デジタルソリューションチーム次長の嶋本安世さんは指摘します。
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アパレル業界のモノづくりでは商品開発に相当の時間を要し、例えば、1年後に発売する商品の企画を今から始めるといったこともあります。嶋本さんは、その問題の本質について次のように説明します。
「衣服のトレンドや一般消費者の嗜好が目まぐるしく変化する今の時代、1年後に売れる商品を企画するのは困難です。結果として、商品が大量に売れ残り、不良在庫として抱え込んだり、破棄処分したりするリスクが膨らみます。それを回避するには、いかに商品開発のリードタイムを圧縮するかが課題となります。当社のAPEXFizのようなデザインシステム/デザインソフトでは、サンプル制作を実物サンプルからバーチャルサンプルへと切り替えることで、そのリードタイムの圧縮に成功したのです」(嶋本さん)
島精機では現在、APEXFizやSDS-ONE APEXを単体として提供するだけではなく、これらのデザインシステム/ソフトウェアとホールガーメント横編機、そしてKDDIと共同開発した「XRマネキン for APEXFiz」などから構成される「トータルファッションシステム(TOTAL FASION SYSTEM)」をアパレル業界向けに提案・提供しています。
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このシステムで目指すのは、糸メーカー、生産者、アパレル企業が形成する商品企画から生産、さらに、KDDIとのパートナーシップによって実現したXRマネキン for APEXFizを活用したXRコンテンツを販売促進に役立てるなど、サプライチェーン全体をデジタルでつなぐことで、あらゆる無駄を削減し、「在庫ゼロ」「売れ残りゼロ」「機会損失ゼロ」のサステナブルな仕組みを創出することです。その根底には、アパレル業界による地球環境への負荷を大きく削減するという同社の思いが流れています。
「少し前までは、実物サンプルからバーチャルサンプルへの切り替えに抵抗感を示すアパレル企業が大勢を占めていました。しかし、近年SDGsなど地球環境保護に対する社会全体の意識が高まることで、アパレル企業の意識も変化し、バーチャルサンプルの活用に前向きになっています。それが、トータルファッションシステムやXRマネキン for APEXFizへの関心の高まりにつながっています」(嶋本さん)
実際、和歌山県にある同社のショールームで展開している、XRマネキン for APEXFizの展示やトータルファッションシステムのデモンストレーションには、アパレル業界の関係者が数多く見学に訪れているそうです。
「当社では、DXやSDGsという言葉が生まれる以前から、地球環境保護のためにアパレル業界のデジタル変革を推し進めようとしてきました。今日、業界の方々の意識も大きく変わりつつあり、XRマネキン for APEXFizの登場もあって道具立ても整備されています。販売領域におけるKDDIさんとの連携をさらに深めることで、当社が思い描いている理想への歩みのペースを上げていきたいと思っています」(烏野さん)