「世界中のパートナー」とアプリ基盤の共通化をめざす
KDDIは、KDDI VISION 2030として「『つなぐチカラ』を進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる」ことを掲げています。その実現のための一つの考え方が、CPaaS(Communications Platform as a Service)です。
CPaaSとは、通信会社が持つ資産や機能をAPI (Application Programming Interface)を使ってプラットフォームとして提供するサービスです。CPaaSを使うことで、さまざまな業種の企業のアプリケーション開発者は、複雑なシステムを自ら構築することなく、迅速に通信関連の機能を自分たちの製品やサービスに導入することが可能になります。ひいては、お客さまのニーズに合わせた良質なサービス提供が可能になり、お客さまがより便利にアプリケーションなどを利用できるようになります。
その実現に向けて大きな役割を果たしているのが、携帯電話事業者の業界団体「GSM Association(以下、GSMA)」*1 が進める共通API構築のための「GSMA Open Gateway」構想です。
*1:GSMAは、世界750社以上の携帯電話事業者に加えて、およそ400社の通信機器ベンダーや端末メーカーなどのモバイル関連企業が参加する業界最大の団体。
● 共通APIでアプリ開発者の負荷を軽減
APIは、アプリケーションを作成する際に外部の機能を呼び出す仕組みです。企業やアプリケーション開発者が、他社のシステムの特定の機能を利用したい時、このインターフェースを通じて機能を呼び出すことができます。これを標準化し、共通APIにすることで、アプリケーション開発者の負荷は大きく減少します。
KDDI 標準化戦略部 エキスパートの千葉哲也は入社以来、新規事業企画、技術の企画・戦略、弁理士の資格を生かした知財関連の業務と並行し、20年以上にわたり標準化活動に携わってきました。GSMAにおいても、スマートフォンに内蔵されるeSIM、IoT、モビリティ関連の仕組みなど、通信業界のさまざまなガイドライン作成に取り組み、現在はAPIの標準化に注力しています。千葉は、共通APIについて次のように話します。
「通信事業者は、ネットワークや顧客情報などの資産を持っています。これらの資産はこれまで、主に事業者ごとに内部で使用していましたが、近年これらをAPIで外部に公開することで、企業やアプリケーション開発者が利用しやすくしようとする動きがあります。ただし、現状APIの仕組みは通信事業者ごとに異なっており、開発者は通信事業者ごとに個別対応しなければなりません。このため、世界的にAPIの標準化(共通API)に向けた取り組みを進めています」(千葉)
KDDIは、共通APIの策定の動きに初期段階から参画しており、2023年に開催された世界最大のモバイル関連展示会「MWC Barcelona 2023」では、KDDIを含む世界で21社のモバイル通信事業者とともに「GSMA Open Gateway」構想を発表しました。
またGSMAは、オープンソースコミュニティ*2 を支援するLinux Foundation*3 と協力して、「CAMARA – The Telco global API Alliance(以下、CAMARA)」というプロジェクトを立ち上げました。そのプロジェクトの中で、通信事業者だけでなく、通信機器製造業者やアプリケーション開発者も参加して共通APIを規定、APIの仕様・コードをオープンソースとして提供する仕組みを作っています。
*2:オープンソースソフトウェア(OSS)の開発や改善、情報交換などを目的とする組織の総称。そのOSSの開発者、利用者などによって、非営利で運営されている。
*3:2000年に設立されたLinuxの普及促進を目的とする非営利組織。Linuxのコミュニティをサポートしてきた知識と経験を生かし、現在では社会に不可欠なオープンソース技術の確立、構築、維持に関して幅広い支援をしている。
KDDIはCAMARAにも参画しており、CAMARAの技術面の管理グループであるテクニカルステアリングコミッティ(TSC)に所属しているのが、KDDI 標準化戦略部 エキスパートの若山敏康です。若山は、衛星通信システムの開発、携帯電話向け放送技術の開発、家庭向け光回線放送システム開発などに携わった後、2008年から標準化活動に取り組んでいます。
「標準化活動で最初に取り組んだのは、3GPP*4 での第4世代携帯電話システム(以下、4G/LTE)の標準化プロジェクトです。KDDIからの4G/LTE標準化の初期メンバーの一人として参加しました。2015年からはGSMA本部があるロンドンで勤務しGSMAと深く関わり、共通APIの前身のプロジェクトを含む多くのGSMA標準化活動に従事しました。2021年に帰国してからは共通API関連のプロジェクトに注力し、CAMARAのTSCにはアジア太平洋地域の通信事業者から唯一のメンバーとして選出され参加しています」(若山)
*4:3rd Generation Partnership Project。第3世代携帯電話システム(3G)の国際標準仕様を策定することを目的として各国の標準化機関によって設立された団体。3Gに続き、4G/LTE、5Gの標準仕様を策定している。
● 共通APIで、どのようなことが可能になるのか
共通APIには具体的にどのようなものがあり、どのようなことができるようになるのでしょうか。分かりやすい例の一つが、Open Gateway/CAMARAにおいてKDDIが進めている、本人確認の仕組みである「KYC(Know Your Customer)」です。例えば、銀行で口座を作る際や、さまざまなサービスの会員登録をする際に携帯電話番号を登録しますが、サービスを提供する企業はこの電話番号を通信事業者に問い合わせることで、その電話番号の契約者の詳細な確認ができるようになります。これにより、それらのサービスを利用するエンドユーザーのお客さまにも、情報の入力や確認作業の手間が減るなどの、利便性向上が期待されます。
「KYC APIの基盤となるプログラムコードについては、KDDI内で本人確認支援サービスを行っている部署が関わり、事業部門、開発部門、企画部門が連携して提案を作成しました。複数の事業者さまからも、この活動に参加したいというお声をいただき、さまざまな協議や意見交換を行いながら、共通化できる部分や技術的な問題の有無を確認して共通化の提案を進めています」(千葉)
そのほかモバイル回線を利用しているユーザーの位置情報を提供するAPIも考えられます。例えば、あるユーザーが海外から日本の銀行のモバイルバンキングにアクセスし、多額の送金リクエストを出したような場合です。金融機関はAPI経由でそのユーザーが本当に海外にいるかどうか位置情報を取得することで、送金リクエストの正当性を確認することができます。このようにAPIを利用することで、安全かつ効率的な取引の確認が可能になります。
さらに、社員に携帯電話を配布している企業が、SMSを使って一斉連絡を取りたいという場合、アプリケーションにおいてAPIを通じて通信事業者のSMSの配信システムを利用することで、これを実現できます。
また、世界のどのような地域でも品質を保ってサービス提供をしたいという場合、KDDIも参加して開発を進めている「Quality on Demand API」が役立ちます。
「世界中のユーザーが参加するオンラインゲームで、高速なレスポンスが必要な場合、通信事業者が違っても同じ通信品質を提供することが求められます。Quality on Demand APIが目指すのは、通信事業者が変わってもその品質を担保するAPIです。ゲーム会社がこれを利用することで、地域ごとの通信事業者を意識することなく、高速なレスポンスが必要なユーザーの通信を優先させることが可能になります」(若山)
● APIは、企業のパートナーシップを促進するための「接着剤」
共通APIで実現しようとしていることは、これまでは通信事業者と企業との間で個別に相談や照会が行われてきたことです。これまでにも通信業界では共通APIが存在していましたが、通信業界以外の人たちには難解な仕様で活用が進んでおらず、また通信事業者間をまたいだサービス提供をする場合は、通信事業者別にシステム開発をする必要がありました。
しかし、スマートフォンが普及した現在のインターネット社会では、通信事業者だけでなく、さまざまな価値提供をするサービスがインターネット上で広まっています。多くの業界の人々が、エンドユーザーのために通信事業者のサービスを利用したいと考えるようになっています。
「今回の共通APIは、通信業界以外の人々にも理解しやすい仕組みを公開し、グローバルに共通化することを大きな目的としています。KDDIでは、多様な業界の人々とパートナーシップを組み、議論を重ねることで新しいサービスを創出しています。この共通APIはパートナーとの協力を促進するための『接着剤』のような役割を担うため、今後のビジネスの共創に役立てていきたいと考えています」(千葉)
● MWC Barcelona 2024で、新たな共創パートナーとの出会いに期待
「GSMA Open GatewayのAPI候補は、MWC Barcelona 2023での発表時点では8つでしたが、現在は20以上に増えています。MWC Barcelona 2024では、GSMA事務局によって、各種APIの進捗が発表される予定です。MWC Barcelona 2024ではこの1年の進捗を紹介し、さらなる発展に向けた新しいステージへと進みたいと考えています」(若山)
KDDIは「GSMA Open Gateway」構想に立ち上げ時から中核メンバーとして参画しており、KYC APIのリード役をはじめQuality on Demand APIなどの策定を推進してきました。今回のMWC Barcelona 2024では、既にサービス開始しているKDDI Message Cast及び、放送領域、スポーツ領域でのビジネスコンセプトを含めたCPaaSのユースケースをご紹介いたします。
「これからは『驚き』や『面白さ』を提供することが大切だと思っています。これには、パートナーさまとのオープンな協力が必要で、そこから新たなアイデアや予想外の利用方法が生まれます。MWC Barcelonaは10万人近くが参加する大きなイベントで、多様な分野の人々が集まります。KDDIが面白い取り組みをしていることを来場者のみなさまに感じていただき、グローバルなパートナーとの新しいビジネス機会を創出するきっかけにしたいと考えています」(千葉)