音楽フェスの「つなぐ」を空から。Starlink×Wi-Fiが導く新しいスタンダード

低軌道を周回する数千機の衛星によって、高速・低遅延のデータ通信を実現している衛星ブロードバンド「Starlink(スターリンク)」。Starlinkは空の開けた場所ならば、どこであっても「つなぐ」を実現します。海上でも、離島でも、山間部でも。そして、広大な会場にたくさんの来場者が集まる「音楽フェス」であっても。

多くの来場者を動員する音楽フェスでは、会場となる場所に数万人の来場者が集中することで、通信環境が不安定になることが課題となっています。携帯電話での通話ができないと同行者との待ち合わせや合流はままならず、現地のリアルな熱気を伝えるSNS投稿も失敗しがちに。さらには通信が安定しないため、音楽フェスでも急速に導入が進んでいるキャッシュレス決済や、入場時に使う電子チケット・アプリ等でも、たびたび通信エラーが発生することで、来場者の不満の原因や、円滑なイベント運営そのものを阻害する要因となっています。

KDDIでは、そのような課題を解決し、快適な環境でのイベントへの参加や円滑な運営をご支援するために、Starlinkを活用した独自のサービスを音楽フェス向けに提供開始しました。それが「フェスWi-Fi」です。

国内最大級の規模を誇る音楽フェス「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」や「JAPAN JAM」を開催する株式会社ロッキング・オン・ジャパンは、スムーズな通信環境を提供することで来場者が安心してフェスを楽しめる環境づくりを模索してきました。しかし、フェス会場全域をカバーするような大規模な公衆Wi-Fiの提供は、世界的にも前例がありません。そんなとき、解決の手段として選ばれたのが、KDDIが提供する「フェスWi-Fi」でした。

「StarlinkとWi-Fiの屋外用アクセスポイント」を組み合わせて通信エリアを構築する、画期的なこのサービスは、まさに音楽フェスの未来を明るく照らすものといえます。イベントDXにおける世界的先進事例となった、ロッキング・オン・ジャパンとワイヤ・アンド・ワイヤレス(Wi2)、KDDIの3者による挑戦を紹介します。

Starlinkで音楽フェスに新常識を。3者による通信課題の解決への歩み

Starlinkを扱うSpaceX社との窓口であり、KDDIの技術を組み合わせたソリューション開発を担当しているKDDI LX基盤推進部の大竹菜都乃は、社会やビジネスのDXが音楽フェスの“あり方”にまで影響していると知って、強い衝撃を受けたと振り返ります。

「コロナ禍は社会活動を停滞させましたが、一方で発展中だったデジタル技術やサービスの社会実装を急速に後押しした側面もあったように思います。コロナ禍を経て、キャッシュレス決済やさまざまなサービスでのアプリ導入といったICTの活用は拡大しました」

KDDI株式会社 事業創造本部 LX基盤推進部 大竹菜都乃

「つながらない」―音楽フェスを襲った危機的状況

コロナ禍が明け、再開が進む大規模な音楽フェスは、ようやくフルキャパシティでの動員が始まりました。そして、QRコードによる入場手続きやキャッシュレス決済、アプリを通じたアーティスト情報、タイムスケジュールの配信など、スマートフォンを利用したサービスの導入も一気に進みました。しかしながら、1つの会場に数万人規模の人が集まり、来場者が一斉にスマートフォンを利用すると、あっという間に通信インフラが逼迫し、サービスが快適に利用できないといった課題が浮き彫りになり、「つながらない」ことによるストレスで溢れかえりました。

「通信が安定しない状況が起こると、電話やメールができず、『現地で友人と合流できない』、『SNSへの投稿もできない』といった来場者のお客さまからのご不満の声が生まれたり、グッズ・飲食販売ブースなどで使用するキャッシュレス決済端末が機能しないケースもあったと伺っています。このような通信によるトラブルは音楽フェスの運営において致命的です。公園などの野外空間は、一定の人の来場を見越したインフラの設計を行っており、来場者が集中する場合には、車載型の基地局などを追加配備し、携帯電話の通信トラフィック増加に対応しています。しかし、大規模な音楽フェスではそれが追い付かない状況にあります」(大竹)

これは日本の夏の風物詩とも言える音楽フェス「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」やゴールデンウイークの「JAPAN JAM」も同様です。これまでKDDIでは、野外イベントへ通信環境を提供するべく、全国において車載型基地局の出張や仮設の可搬型基地局の設置などの取り組みを行ってきました。ですが、コロナ禍を乗り越えた音楽フェスでは、スマートフォンの利用が来場者・運営側のどちらも重要な要素となり、さらなる安定した通信環境を構築するために、新しいアプローチによる解決策が求められるようになりました。

野外フェスこそStarlinkの出番。空でつなぐ、未来の通信環境

大竹はプロジェクト発足当初を次のように話します。

「ロッキング・オン・ジャパン(以下、ROJ)さまから通信環境についてのご相談を受けたのは、2022年の年末ごろでした。KDDIではROJさまの深刻な課題を理解し、Starlinkの活用により解決ができるのではないかと考えました。しかし前例はありませんので、来場者がどのくらい接続するのか、通信容量はどれくらいかなど、全てが想定ベースでのお話でした。会期中、日々の来場者数や動線も一定ではありません。設計においては、過去開催分のデータを持つROJさま、フリーWi-Fiの設営を担うWi2さま、KDDIの3者の経験や情報を総合して決めていきました」

大切なのは、お客さまに快適な通信環境をご提供し、音楽フェスを心から楽しんでいただくことです。そのため、トライアル的な位置付けとして、春に行われた「JAPAN JAM 2023」ではStarlinkを活用したフリーWi-Fiによる「フェスWi-Fi」の提供をおこなった結果、その存在感を発揮しました。

さらに規模の大きい8月開催の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2023」でも同様に「フェスWi-Fi」は、快適な通信環境を提供することに成功しました。来場者や出店者のスマートフォンや決済端末によるサービスは問題なく機能し、運営スタッフ間で利用する4G LTEのトランシーバーも機能しました。「フェスWi-Fi」に通信トラフィック処理させることで、4G LTEの通信負荷が下がり、安定して利用でき続けることも証明できました。

「空さえ開けていれば、Starlinkはつながります。1日あたり数万人規模の来場者向けの公衆Wi-Fiの提供に成功しました。今後この「フェスWi-Fi」の取り組みは、大規模な屋外イベントのDXに必要とされるスタンダードな通信インフラとして、普及していくのではないかと期待しています」(大竹)

音楽フェスの通信改善に向けて前例のないWi-Fi環境構築へ挑戦

KDDIグループにおけるWi-Fi専門事業者として、そして同時に1人の音楽ファンとして、株式会社ワイヤ・アンド・ワイヤレス(Wi2)営業本部でSEを担当する片桐敏史さんは「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」と「JAPAN JAM」へのStarlinkを活用したフリーWi-Fiの提供プロジェクトに強い意志を持って取り組んだと語ります。

「キャリア通信の逼迫をWi-Fiが肩代わりして分散させることで、イベント会場全体の通信環境を改善することができます。しかし今回は、前例がほぼない大規模な公衆Wi-Fiの設置でした。ロッキング・オン・ジャパンさまから頂戴した情報を会場見取り図に重ね合わせながら、アクセスポイントを設置する場所や、必要な台数を割り出していきました。人の動線や滞留、電源の位置、想定される通信データ容量など、関係者の経験や情報、知見、分析に基づく予測の全てを投入した設計でした」

株式会社ワイヤ・アンド・ワイヤレス 営業本部 営業サポートチーム アシスタントマネージャー 片桐敏史さん

工事不要。野外音楽フェスの通信は宇宙から行う

Wi2が提供するアクセスポイントは2種類です。1つ目は屋内用のアクセスポイントで、オフィスや飲食店などへの設置を想定したものです。「JAPAN JAM 2023」と「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2023」では飲食店の販売用テントや、お客様が飲食されるテントに設置するなど飲食スペースで利用しました。2つ目は屋外用のアクセスポイントです。これは遠くまで電波を飛ばすことができるので、公園など広いエリアをカバーする為に用いるものです。オフィシャルグッズのテントの骨組みや、会場内のフェンス、固定できるものがない場所では、三脚などを用い、広くエリアをカバーできるように配置しました。

「固定回線の敷設工事から行うと、1カ月以上のリードタイムが必要です。しかしStarlinkならば工事不要。現地調査のあとは、StarlinkのアンテナからアクセスポイントまでのLAN配線に数日を要する程度です。圧倒的な工期短縮を実現できるのは、衛星通信ゆえのメリットといえます」(片桐さん)

エンジニアが現場に常駐。通信品質の改善をリアルタイムで実行

数日間にわたる規模の野外イベントにおいて、来場者の動きは時々刻々と変化します。片桐さんのチームは会場に常駐して電波状況をモニタリングしつつ、SNSに書き込まれるユーザーの声を随時チェックしていきました。

「お客さまの集中する時間帯や人の密集する場所など、つながりにくい状況を発見した場合はすぐにアクセスポイントの場所を移したり、持ち込んでいた予備機を追加設置したりといった臨機応変な対応を行いました。アクセスポイントは多く置けばよいのではなく、電波干渉を避けながら配置する必要があります。このイベントでも設置して終わりではなく、お客さまの通信環境をより良くするために絶えず最適化を行いました」(片桐さん)

Starlinkは100Mbpsを超えるスピードが出ます。Wi2の品質基準としては周囲に利用者のいないアクセスポイントの傍で50Mbps以上を確保できていることが、しきい値の1つです。一般論として動画視聴なら2.5Mbps、ネットのブラウジングでも1Mbps程度あれば最低限のユーザー体感品質を確保しているといえます。「JAPAN JAM 2023」と「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2023」は、およそ1~10Mbpsを確保できていたため、ユーザー体感品質において一定の成果を出せたといえます。

「公衆Wi-Fiの提供においては、つながりやすさに加えて、セキュリティなど安心・安全な通信環境の提供もテーマになると考えています。また、フェスの公式アプリにのみ接続するWi-Fiなど用途を絞ることで大人数への対応力を高める方法もあります。こうしたアイデアも次なる一手として提案を検討中です。Starlinkを活用したフリーWi-Fiは、通信業界から音楽フェスへの1つのアンサーになると思います」(片桐さん)

音楽フェス環境の革命。常識を打ち破る「通信の快適性」の提供へ

8月の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」、5月の「JAPAN JAM」、年末の「COUNTDOWN JAPAN」の3つの大規模音楽フェスを手がける株式会社ロッキング・オン・ジャパン(以下、ROJ)イベント部の渡邊 魁さんは、学生時代から音楽フェスに通い、ROJへの入社後も一貫してイベント開催の最前線に居続けてきた運営チーフです。

2022年、コロナ禍で中止になっていた音楽フェスが徐々に再開される中で渡邊さんは、今後のイベント運営そのものを根幹から崩壊させかねない課題に直面しました。

「通信環境の問題は突然出てきたものではなく、コロナ禍の前から指摘されていました。参加者に不便な思いこそさせたものの、当時はそこまで運営に深刻な支障をきたすわけでもなく、業界全体としても『音楽フェスとはそういうものだ』といった共通認識がありました。しかし、通信環境の問題を放置できなくなったのは、会場内でのグッズや飲食物購入時のキャッシュレス決済の普及、電子チケットの導入、公式アプリでの情報発信の強化、参加者のSNS利用シーンの拡大などにより、フェスの運営全てが通信環境を土台として成り立つものに変容してきたからです」(渡邊さん)

株式会社ロッキング・オン・ジャパン イベント部 渡邊 魁さん

デジタル時代到来で、音楽フェスは「つながる」が求められる

公式スマホアプリを提供し、アプリ経由でチケットを販売しているROJにとっても会場でスマートフォンが機能しないことは大きな問題です。

渡邊さんは「『つながりにくい』の意味が、コロナ禍を境に大きく変化しました」と強調します。2022年の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」でその問題は表面化。場所と時間帯によってはキャッシュレス決済が使いづらく、グッズ・飲食販売ブースでは結局現金専用レーンを作って対処するアナログ回帰も一部で発生しました。スタッフ同士も4G LTE回線を使うトランシーバーを用いていたため、運営上のやりとりにも支障が生じました。

「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の会場(千葉市蘇我スポーツ公園)には、より多くの来場者を動員することが面積的には可能です。渡邊さんは「2023年のROCK IN JAPAN FESTIVALに向けて、動員を増やす方針が決まっていました。しかし、通信環境問題を解決しないままでは、参加者にサービスを行き渡らせることは不可能です。通信環境の整備は、動員を増やすための前提条件になるのだと、社内に危機感を訴えました」と話します。

「常設の基地局はキャリアさんの意向次第ですから、こちらからはお願いするほかありません。もちろん各キャリアさんに相談しましたが、簡単に建設できるものではなく、長いスパンでの計画になるため、即効性がありませんでした。各社はすでに車載型基地局で対応してくださっていましたが、弊社としても抜本的対策に取り組まなければなりません。その際にStarlinkの存在をニュースで知り、この衛星ブロードバンドならばこの課題を解決できるのではと期待しました」(渡邊さん)

音楽フェスに快適性を。ロッキンの思想を支援するKDDIのソリューション

当時はまだ最適なソリューションが整っていなかったものの、その後KDDIが検討を重ねる中でStarlinkと公衆Wi-Fiを組み合わせる案がまとめられていきました。

「海外の音楽フェスではVIPエリアなど、特定の場所にだけWi-Fiを整備しているケースがあります。しかし広域のフリーWi-Fiの整備の前例はありませんでした。その実現のためには、技術的にも、コスト的にも大きな壁がありますが、通信環境改善のためのコストは、必要な投資だと考えました。一般的に不便な条件が多い野外会場での音楽フェスにおいて、可能な限りの快適性を追求し、参加者にストレスなく一日を楽しんでいただきたい。その意味でも、安定した通信環境の構築には大きな価値があると考えています」(渡邊さん)

KDDIのStarlinkによる確かな接続と、Wi2による臨機応変な現場対応で、「JAPAN JAM」の通信問題はクリアしました。そこで得た教訓を生かしてさらに「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」では一歩進んだ通信環境を用意したと渡邊さんは説明します。

「通信環境の整備を進めても、参加者から感謝されることはそれほど多くありません。マイナスをゼロにする取り組みだからです。しかし、その効果は参加者のアンケート結果で明確に現れました。2022年に最多割合を占めていた通信環境に関する苦情は激減し、ゼロにはなっていないものの、全体に占める割合がかなり下がりました」

渡邊さんのチームが取り組みたい課題は、まだまだあるようで、「ROCK IN JAPAN FSTIVALには若い方が多く参加してくださいますが、彼らにとってスマホは『繋がって当然』のものであり、そういった価値観に合わせていくべきだと考えています。数万人を動員する野外音楽イベントで日常生活レベルの通信環境を確保することは困難ですが、そこを目指していきたい」と話します。

「音楽業界は、常に新しいことをやっているようで、旧態依然とした部分も意外と多く残されていると感じています。弊社が世界の音楽業界に先駆けて通信環境改善に取り組んでいることには自負があります。だからこそDXに強みを持つKDDIやWi2のようなパートナーと共に、世界一のインフラを備えた、新しい音楽フェスの姿を追求していきたいです」(渡邊さん)

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