KDDIは2023年7月より、米国Space Exploration Technologies(以下、スペースX)社の衛星ブロードバンド「Starlink」の海上利用サービス「Starlink Maritime(以下、Starlinkマリタイム)」を法人向けに提供しています。

今回のStarlinkマリタイムの提供開始によって、Starlinkによる高速データ通信の裾野が海へとさらに広がりました。KDDIは、その実現に先立ち、衛星通信に関する長年の経験とノウハウを生かしながら、Starlink Japan合同会社(スペースX社の日本法人)に対し、日本領海におけるStarlink使用の免許取得を技術評価と法令対応の両面から支援しました。その結果、2023年7月に海上利用における免許を取得し、日本国内でのStarlinkマリタイムの提供開始に至っています。

Starlinkの海上利用が可能になることで、船舶におけるデータ通信速度はこれまでの数百倍に高速化され、陸上とほぼ変わらないパフォーマンスでの通信が実現されます。KDDIは、そんな海上通信のドラスティックな進化を船舶のデジタルトランスフォーメーション(DX)へと結びつけ、航行中の船舶を「働く場所」としても、「旅を楽しむ場所」としても、より快適で安全、かつ利便性の高い環境へと進化させることに力を注いでいます。
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海上のデータ通信速度を高めて船舶のDXを一挙に加速―KDDIの思い
「Starlink Maritime(以下、Starlinkマリタイム)」の最大の特長は、海上でのデータ通信のスピードを従来に比べ飛躍的に高められる点です。
静止衛星を使ったこれまでの衛星通信による海上での通信のスピードは1~数Mbpsに留まっており、高精細な画像や動画など、大容量のデータを送受信することが非常に難しい状況でした。
「それに対してStarlinkマリタイムの通信スピードは、最大ダウンロード速度が220Mbps*1と高速で、遅延も20~50msと低遅延です。それはが何を意味するかというと、陸上でのモバイルや固定通信によるインターネット利用と遜色のない体感をお客様に提供することができるわけです。」(KDDI 今村元紀)
*1 2022年11月時点で公表されている下りベストエフォートの値です。
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工場と同じデジタル活用を船上で実現
陸上でのデジタル通信と同等の性能を発揮するStarlinkマリタイムを使用することで、これまでの海上通信では解決ができなかった数々の課題を乗り越えることが可能になります。
「例えば、船上では、ビデオ会議をはじめとするクラウドサービスが実質的に使えず、船外との密接なコミュニケーション、コラボレーションを通じて業務の効率性を高めることが困難でした。Starlinkマリタイムは、そうした課題を抜本的に解決し、業務効率のアップや生産性向上に役立つさまざまなクラウドサービスの利用を可能にします。さらに、陸地から物理的に隔絶された環境で長時間、長期間にわたって働く船員の方々の生活環境や職場満足度の向上にもつながります」(今村)
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Starlinkマリタイムは船舶の航海システム・機関システムなどのメンテナンス業務の効率化にも有効です。
「海事業界のお客さまからはよく、船員が故障した航海システムや機関システムをリアルタイムでメーカー側に伝え、迅速な復旧に繋がるようにしたいといったご要望をいただきます。Starlinkマリタイムはそうした業務改革の基盤や安全航海の実現をするためにも有効です」(KDDI 山下 和)
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また、Starlinkマリタイムを使うことで船内のOT(Operational Technology)システムの監視やデータ収集を遠隔から行うことができ、それによって船内点検作業の省力化が実現できるようになります。さらに、Starlinkマリタイムを介して従業員(船員)のバイタルデータを遠隔から可視化することで、現場従業者の皆さんの健康維持につなげられます。
Starlinkマリタイムを船舶DXの推進力に
近年では、あらゆる業界でクラウドサービスやAI(人工知能)、IoTといったデジタル技術とデータの活用によって、業務や事業モデルを変革するデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みが活発化しています。
一方で、海上の船舶はデータ通信のパフォーマンスの低さから、DXの潮流に乗れずにきたといえます。その状況がStarlinkマリタイムの登場によって一変しようとしています。
「KDDIには、衛星通信に関する豊富なノウハウと技術力があります。それを土台にしながら、海運業界や漁業におけるStarlinkマリタイムの普及を推し進め、船舶のDXを加速させることを目指しています」(山下)
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Starlinkマリタイムを海洋資源の確保にも生かす
Starlinkマリタイムは、船上業務の効率化、クルーズ船での乗客の利便性の向上など、すでにさまざまな取り組みが開始されています。そのほか、漁船操業の効率化や海洋資源の保護・確保にも活用が期待されています。
例えば、国立研究開発法人 水産研究・教育機構(FRA)は、海洋資源の調査や漁業運営の効率化をターゲットとしてStarlinkマリタイムの実証実験をKDDIと共同で進めています。 その実証には、自動イカ釣り機などを開発・提供している東和電機製作所も参加しており、同社が保有する漁船「濱出丸」にStarlinkマリタイムを導入し、海上利用における有効性を検証しています。
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船舶の運航・操業の効率化や働き方改革、あるいは乗客の利便性を巡る課題の多くが、海上でのデータ通信の低速さに起因しています。 その課題を抜本的に解決し、船舶のDXを推進していくことで、漁業・海事業界の次の成長、発展、ひいては社会課題の解決に寄与できると考えています。その実現に向けてKDDIは、今後もStarlinkマリタイムの普及促進とパートナーさまとの協業・共創に力を注いでいきます。
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Starlinkマリタイムの高速データ通信を可能にする技術とノウハウ
KDDIが2023年7月から法人向けに提供を開始した海上向け衛星通信サービス「Starlink Maritime(以下、Starlinkマリタイム)」は、船舶上で高速(ダウンロード最大速度220Mbps*1)、かつ低遅延(20~50ms)のデータ通信を可能にする仕組みです。
*1 2022年11月時点で公表されている下りベストエフォートの値です。
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これまでの船舶上の通信は、高度3万6,000kmの上空にある静止衛星が使われるサービスが中心でした。静止衛星は広範なエリアをカバーできるものの、衛星と船舶との通信に時間がかかり遅延も起こります。また、大量のデータ通信にも適していませんでした。さらに、衛星の方角にアンテナを常に指向させる必要があることから、移動し、かつ波の影響を受けて揺れる船上で、それを達成するための装備も導入する必要がありました。
一方、Starlinkマリタイムは、静止衛星の1/65となる高度550 kmの上空を次々に移動してくる低軌道衛星と通信します。高度が圧倒的に低い分、高速・低遅延・大容量のデータ通信が可能になります。また、船に設置するアンテナは、フェーズド・アレーと呼ばれる方式で、通信のために特定の方向に指向させる必要がないものです。
「衛星間通信」により継続性・安定性を確保
データ通信ではスピードや遅延のほかに、継続性を担保しなければなりません。それを実現するカギとなる技術の1つが、Starlinkにおける衛星間通信のテクノロジーであるとKDDIの竹村良英は説明します。
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「例えば、船舶と衛星が通信できたとしても、その衛星が近くのゲートウェイ(通信衛星と地上のインターネット網を接続する地球局)と通信できる距離にいなければ、洋上では最終的にインターネットへつなげることができません。しかし、Starlinkは4000以上の衛星が周回しています。そこで、衛星間で通信をリレーすることによって、ゲートウェイ局までスピーディに中継することができ、データ通信の継続性が担保されます」(竹村)
また、Starlinkで使われる薄い板状の「Flat High Performance User Terminal」も、継続的で安定的なデータ通信を実現する上で有効な仕組みです。
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「このアンテナは、上空の幅広い範囲をスキャンして自分から近い位置にある衛星を捕捉して、その衛星との通信を行います。また、その衛星との位置関係の変化によって通信が難しくなったときに自動的に次の衛星へ通信を瞬時に切り替えます。このアンテナと衛星間通信によって、Starlinkマリタイムは途切れのない通信を維持することができるのです」(竹村)
KDDIのノウハウを生かし導入をサポート
このような技術的なアドバンテージを有するStarlinkマリタイムですが、その潜在的なパワーを最大限に引き出す上では、衛星を使った海上通信に最適化するためのノウハウとスキルが必要とされます。そうしたノウハウ、スキルを有しているのがKDDIです。
「KDDIは、長年にわたって衛星通信のサービスを手掛け、さまざまな船舶上でアンテナをどのように設置すれば、データ通信の安定性や品質、そして機器が持つ性能を高いレベルで確保できるかといった活用のポイント、ノウハウを豊富に蓄積してきました。そうしたノウハウ、スキルと、高速・低遅延・大容量を同時に実現したStarlinkのプラットフォームをかけ合わせることで、より質の高い海上通信の環境をお客さまに提供できると確信しています」(竹村)
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KDDIは、Starlinkマリタイムの提供をいち早く開始したというアドバンテージを生かし、漁業・海事業界のお客さまやパートナーさまとの技術検証を推し進め、それぞれのお客さまにとって最適なStarlinkの通信環境を構築していきたいと考えています。
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DXで日本のイカ釣り漁業を未来へつなぐ―国立研究開発法人水産研究・教育機構
KDDIは、水産全般の研究・教育機関として世界でも最大級の規模を誇る国立研究開発法人水産研究・教育機構の開発調査センター(以下、JAMARC)と共同で、Starlinkマリタイムを使った漁船における衛星ブロードバンド通信の実証実験を2023年7月から始動しています。その一環としてJAMARCでは、自動イカ釣り機や集魚灯などの製造・販売を手がける東和電機製作所の試験船「濵出丸」にStarlinkマリタイムの「Flat High Performanceアンテナ」を設置し、各種の実験を行っています。
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イカ釣り漁船におけるStarlinkマリタイムの実証実験を推進しているJAMARCの加藤慶樹さんは、KDDIと協業した経緯についてこう振り返ります。
「これまで海上でのデータ通信は性能が低く、沖合の漁船や調査船と、陸上とで大容量データをやり取りするのはほぼ不可能で、そのことがJAMARCによる調査研究の効率化や漁船の効率的で安全な操業の阻害要因となってきました。ゆえに、Starlinkマリタイムにはかねてから注目していました。そのサービスをKDDIが国内でいち早く始動させると聞き、調査研究への協力を要請しました」
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データをリアルタイムに収集し漁場予測の高精度化に取り組む
濵出丸を使用したStarlinkマリタイムの実証実験には2つのミッションがあるといいます。その1つは、燃油代の高騰や地球環境保護(CO2排出量削減)などの観点からイカ釣り漁船への導入が急務になっているLED集魚灯の新たな使用法や有効な活用法を見出すことです。
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ミッションの2つ目は、海洋モデル(海洋環境をデジタルに再現したモデル)を使った新たな漁場予測システムの開発です。こちらは、濵出丸が観測した海洋環境データ(水温、塩分濃度など)や漁獲情報を、Starlinkマリタイムを通じてリアルタイムに収集して海洋モデルに即座に反映し、漁場予測の精度を上げていく試みです。
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「これまで漁場の発見には、僚船*1と無線で情報を共有したり、漁労長の過去の経験から漁場を見つけたりといった方法がとられていました。ただし、人手不足などによるイカ釣り漁船数の減少や温暖化による海洋環境の変化によって、そうした方法で漁場を発見することがきわめて困難になっています。その問題をStarlinkマリタイムと海洋モデルを使った精緻な漁場予測によって解決したいと考えています」(加藤さん)
*1 僚船:仲間の船。同時におなじ仕事に従事する別の船。
Starlinkマリタイム活用によりさまざまに広がる漁業の可能性
Starlinkマリタイムの活用には、漁場予測の精緻化のほかにも、イカ釣り漁を含む漁業のあり方を変革するさまざまな可能性があります。
ひとつは、Starlinkマリタイムを通じてエンジンや冷凍機などの漁船の機器類を陸上から遠隔監視し、故障予知や遠隔修理などを行う仕組みの実現です。また、Starlinkマリタイムの活用は、漁船の安全な航行・操業に欠かせない気象状況の的確な把握にも有効です。さらに船上での通信環境が整うことは若い働き手の確保にもつながりうると、加藤さんは期待します。
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StarlinkマリタイムによるDXで日本のイカ釣り漁業をより快適で先進的に
日本におけるイカの漁獲量は過去長期にわたって減少傾向をたどっています。
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*2 (外部サイト)農林水産省「令和4年漁業・養殖業生産統計」
「こうした状況を打開するためには、デジタル技術とデータを使った船上業務の効率化や働き方改革、漁場予測の精緻化といったデジタルトランスフォーメーション(DX)を急がねばなりません。そのためのカギとなるのがStarlinkマリタイムの普及であり、有効活用です。その実証実験に今後も力を注ぎ、衛星ブロードバンド通信の力でイカ釣り漁業をより快適で先進的な産業へと発展させ、未来へとつなぐことに貢献したいと願っています」(加藤さん)
KDDIは、そうしたJAMARCの取り組みを、これからも全力を挙げて支援してまいります。
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