「日本全国どこにいても、どんなときでもつながる」通信環境を整備するのがKDDIの目標です。その世界を実現させる一歩として2022年12月、米国Space Exploration Technologies(以下、スペースX)社と提携し、衛星ブロードバンドStarlinkをバックホール回線に利用するau基地局の運用を開始しました。
Starlinkは、高度約550キロの低軌道上にある低軌道衛星を介してブロードバンド通信をするサービスです。一般的な静止衛星と比べて、1機あたりがカバーできるエリアは狭いですが、代わりに上空を通過する4700機超*の低軌道衛星に順次切り替えることで、空が見える場所であれば常に衛星通信ができます。
* 2023年7月時点
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また、高度約3万6000キロとなる従来の静止衛星に対して、Starlinkの高度は静止衛星の1/65であり、高速かつ低遅延なデータ通信を実現できることも特長の一つです。
KDDIには以前から、山間部や離島で暮らす方々や、山奥の工事現場で働く方々などから「通信インフラを整備して欲しい」という声が届いていました。その中で特に要請が多かった山小屋の通信環境改善を目的として、2023年春、「山小屋Wi-Fi」プロジェクトがスタートしました。
山の安全を確保する上で通信面が課題に
標高3000m級の山々が連なる、北アルプスの麓、長野県白馬村。1998年には長野冬季オリンピックの会場としても利用されました。日本屈指のスノーリゾートとして知られる一方、夏シーズンは登山やトレッキング目的の観光客が訪れる、一年を通して人気の観光地です。
白馬村の観光・登山をサポートする一般財団法人 白馬村振興公社 事務局長の吉川健一郎さんは「白馬村は主に観光が基幹産業です。近年は海外からも注目されており、国際リゾートとしてのブランド構築をしている段階です。白馬三山(白馬岳、杓子岳、白馬鑓ヶ岳)をはじめ、山の恩恵を受けて生活している村ですので、環境面や安全面には特に力を入れていています」と話します。
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登山などのアウトドアスポーツで人気を集める白馬エリアにおいて、宿泊・休憩・避難を目的として登山道に設置されている山小屋は、安全な登山・トレッキングのためには欠かせない施設です。その一方で、市街地から離れた場所にある山小屋まで光ファイバーのケーブルをつなぐことは容易ではなく、山の安全を確保する上で通信面が課題となっていました。
「私が入社した1990年代は、無線と手紙での交信が主な手段で、朝・夕の無線交信が日常業務でした。その後、携帯電話が随時導入されましたが、現在も最終手段として無線機で対応できるよう準備しています。悪天候時などには、電波が不安定でつながらないリスクがあるためです」(吉川さん)
大自然がフィールドとなる登山・トレッキングは、都市では味わえない体験ができる一方、危険を伴うこともあるため、安全確保が最大のテーマとなっていました。そうした意味でも、山小屋に安定した通信環境を整備することを長年待ち望んでいました、と吉川さんは語ります。
KDDIとともにStarlinkを活用した「山小屋Wi-Fi」を実現
2018年から「地域活性化を目的とした連携に関する協定」を結ぶ白馬村とKDDI。山小屋が抱える通信面の課題に対して、2022年に提供を開始したスペースX社の衛星ブロードバンドStarlinkを活用できるのではないかと、議論が進められていきました。
そうして2023年春、KDDIと白馬村が協力し、標高1850mに位置する村営の八方池山荘で試験的な運用をスタートすることになったのです。関係省庁の許認可獲得やアンテナ・Wi-Fiルーターなどの設置を経て、Starlinkを活用した「山小屋Wi-Fi」の第1弾が同年5月29日(月)に実現されました。
「専用機器などの通信インフラ面はKDDIさんに準備していただく中で、白馬村側は関係省庁の許認可獲得など行政上で必要な手続きを進めていきました。数カ月の短い準備期間の中でスムーズにプロジェクトを進められたのは、KDDIさんの全面的な協力があったからです」(吉川さん)
今までインターネットがつながらなかった山小屋、そこでWi-Fiが使えるようになり一番大きく変わったのは、情報収集がしやすくなった点だと吉川さんは続けます。「天気が変わりやすい山において、天気や登山路の状況をはじめ、タイムリーな情報を得られるようになったのは非常に大きなことです。山岳ガイドさんや利用者の皆さんからも喜びの声をいただいています」
白馬村とKDDIが協力して、初のプロジェクトを推進
山間部や離島など通常の電波が入りにくい地域に向けて、Starlinkを活用した通信インフラの整備が検討される中、山小屋にWi-Fi環境を届けることを目的とした「山小屋Wi-Fi」プロジェクトが2023年春にスタートしました。
百名山をはじめ麗しい山々が連なる日本において、登山者をサポートするための山小屋は数多く建てられています。複数の候補の中から、同プロジェクト第1弾に選ばれたのが、KDDIと「地域活性化を目的とした連携に関する協定」を結ぶ長野県白馬村の山小屋、八方池山荘でした
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白馬村は3000m級の山々が連なる北アルプス(飛騨山脈)の麓にあり、長野県南部に広がる中央アルプス(木曽山脈)や、長野、山梨、静岡の県境部に広がる南アルプス(赤石山脈)とともに、登山者からの人気が高いエリアであることも選出の理由です。
「山小屋Wi-Fi」プロジェクトのリーダーに抜擢されたのが、白馬とも縁があるKDDIの正木 拓。「小さい頃からスキーを続けていることもあり、白馬は好きなエリアです。今は息子も一緒にスキーをしていて、特に冬場は毎週のように来ています。スキー場でも電波はつながりにくいので、さらに標高の高い山小屋へ電波を届けるプロジェクトには社会的意義を感じました」
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夏の登山シーズンである6月から10月までしか開かない山小屋も多く、雪が溶けて山に入れるようになる春から初夏の開業までに「山小屋Wi-Fi」プロジェクトを実現しなければならない、というスケジュール感が当初の課題でした。
「八方池山荘付近は中部山岳国立公園に含まれており、建造物や基地局を設置するためには関係省庁の許認可が必要です。限られたスケジュールの中で許認可を得ることが一番の壁でしたが、白馬村の皆さんのおかげで問題なく進めることができました」(正木)
そうして無事、2023年5月29日(月)に第1弾となる「山小屋Wi-Fi」がつながり、八方池山荘に訪れた多くのお客さまはauの電波を使えるようになりました。
今回の実績をベースに、日本中の山小屋へWi-Fi環境を届けていきたい
八方池山荘でWi-Fiが使えるようになったことで、登山やトレッキングを楽しむ観光客の皆さんの利便性が上がると同時に、山小屋を運営するスタッフの業務効率化にもつながりました。
1つ目の変化が、山小屋でインターネットを活用した予約管理やキャッシュレス決済を行えるようになったことです。以前は電話で行っていた予約対応をデジタル化することで、他の業務に使える時間が増えました。また、キャッシュレス決済で宿泊代や飲食代を支払えるようになったことは、利用するお客さまにとっても、山小屋側にとっても、大きなメリットです。
2つ目の変化が、高速・低遅延の通信でリアルタイムの情報発信をしやすくなったことです。天候や防災情報など登山に必要不可欠な情報はもちろんのこと、白馬観光を検討している皆さんに向けて、北アルプスの絶景や白馬ならではの高山植物の映像などを届けられるようになりました。
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3つ目の変化が、動画をはじめとした大容量コンテンツを山小屋で見られるようなったことです。例えばクローラー(山小屋まで荷物を運ぶための車)の調子が悪くなった場合でも、動画を確認しながら修理できます。
働けるスタッフ数が限られる山小屋では、少人数で効率よく仕事を進めていく必要があります。電波を届けて山の安全を確保するという目標とともに、デジタル活用による山小屋のDX化を推進できたことも「山小屋Wi-Fi」プロジェクトの成果です。
「八方池山荘で働く皆さんと打ち合わせを重ねながら、プロジェクトを進めていきました。『電波がないところに電波を届ける』という通信業者の使命を果たせたことは大きな達成感につながっています。今回の経験を活かしながら、日本中の山小屋にWi-Fi環境を届けていきたいです」(正木)
もちろんWi-Fiが使えるために、せっかく山を登ってきても山小屋内で動画を見てしまうというデメリットは考えられます。また、多くの方が一度に電波を使って回線がパンクし、有事の際にWi-Fiが使用できなくなる恐れもあります。KDDIではポスターでの啓蒙活動をはじめ、通信のルールやマナーを広めていく予定です。
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条件は空が見えること。そして、電源が確保できること
以前から、山小屋を運営する方々の多くから「山小屋の通信環境を整えたい」という声がKDDIには届いていました。そうしたニーズに応えていきたいと思いながら、技術面での困難を感じる中、2022年12月にStarlinkをバックホール回線に利用するau基地局の運用がスタートしました。
Starlinkを活用すれば、au基地局を開設しにくい山間部にも電波を届けられるのではないか。白馬村とKDDIはタッグを組み、2023年春に「山小屋Wi-Fi」プロジェクトが動き出しました。
電源を確保できて上空視界がとれる場所であれば基本的には低軌道の通信衛星を介しての高速・低遅延なデータ通信を行えるのがStarlinkの特長です。
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「通常のau基地局をつくる場合、光ファイバーの回線を引いて大規模な施設の設置が必要になりますが、山間部でそのような工事を行うことは現実的ではありません。そこで、Starlinkをバックホール回線に使い、施設ごとにWi-Fiをつなぐ方法であれば実現可能だと考えたのです。空と電気さえあれば、どこでも電波をつなぐことができるのがStarlinkの強みですから」(正木)
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「山小屋Wi-Fi」プロジェクト第1弾の八方池山荘は、標高1850mと山小屋としては比較的アクセスしやすい場所にあり、電線が通っていたため電源の確保も可能でした。
八方池山荘のWi-Fi開設に立ち会った吉川さんは「アンテナの設置や、Wi-Fiルーターとのケーブル接続などに関して、KDDIグループのワイヤ・アンド・ワイヤレス(Wi2)の方に現地で研修を行っていただけたので、スムーズに導入することができました」と振り返ります。

日本から電波がつながらない場所をなくすために
多くの山小屋は夏の登山シーズン以外は無人となるため、常時設置ではなく、可動式のアンテナを選定しました。「屋根上に設置してしまうと外すのが難しくなるので、必要な時にベランダなどに設置して、悪天候時などには移動できるアンテナを選びました。山小屋のオフシーズンには格納しておき、また次のシーズンには簡単に設置できるようにしています」(正木)

2023年5月29日(月)に第1弾となる八方池山荘での「山小屋Wi-Fi」が稼働。山荘のスタッフや利用されるお客さまから好評であったため、白馬村が運営する他の山小屋にも設置することになりました。
「山小屋Wi-Fi」の設置が決まった場所の中には、八方池山荘よりさらに標高が高いところの山荘も含まれていました。電線が届いていない山小屋なので自家発電で対応する必要があり、また本格的な登山をしなければ辿り着けない場所です。「あらゆる条件が八方池山荘とは異なっていましたが、KDDIさんをはじめ多くの方々の協力もあり、無事実現することができました」と吉川さんは語ります。
衛星ブロードバンドStarlinkを活用しながら、今までは不可能と思われていた山間部や離島などに電波を届けていく、「日本から電波がつながらない場所をなくす」KDDIの挑戦は、これからも続いていきます。
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