地域の住民が交流できるモビリティサービスを―KDDIの思い
地域のパートナーと地域の課題に取り組む
技術戦略本部 社会実装推進部の大岸に、このプロジェクトのはじまりを話してもらいました。
きっかけは、2019年から始まった名古屋大学との共同研究でした。当時、名古屋大学は春日井市で自動運転の実証実験を進めようとしており、地域の交通課題を解決するソリューションとして自動運転技術の高度化を図っていました。そこに、KDDIが取り組んできた遠隔監視技術が活用できると考えたのです。
しかし、遠隔監視の検証をしていく中、ある課題に気づきました。名古屋大学と春日井市は当初から、自動運転システムを送迎サービスとして形にすることを目指していましたが、それにはルートの設定や予約受付など、運転以外の部分のタスクが発生します。実証実験の前の段階とはいえ、技術者が手動で設定している状態でした。
「経路の設定や予約の時間枠などの管理部分を技術者自らがやっていると、最終的にそのサービスは技術者がいないと成り立たないものになってしまうのではないかと。そこに疑問を持ちました。そうなると、実運用時に必ずサポートが必要になり、コストが発生します。すると、お金がかかるシステムということで利用されなくなってしまう。社会で広く使われるサービスにするためには、技術者がいなくても使えるようなシステムを作っていくことが大事になります。それが、今回、運行管理システムを作ろうというきっかけになりました」
大岸は、当初、遠隔監視技術の価値を評価したいという点が主眼だったと言います。しかし、名古屋大学、春日井市とプロジェクトを進める中で「いかに技術を人に、地域に届けるか」という観点に立つようになっていたのです。それには、地域が担うサービスとして特別にスキルがなくても、より便利に使えるものである必要があります。
例えば、それまで30分枠の予約で、その枠が埋まってしまえば他のユーザーは乗れないという形でしたが、複数の乗降車地点から最適なルートを計算するシステムがあれば、複数ユーザーからの乗車予約を受け付け、柔軟に利用することが可能となります。
また、このプロジェクトは、初期から住民が運用を担うというビジョンのもと進められています。そこで、地域の住民が使えるような予約・経路設定システムの開発に着手することになったのです。共同研究が始まったのが2019年。2020年には、名古屋大学(および株式会社エクセイド)は自動運転システム、KDDIは運行管理システム、春日井市は住民側との調整という体制で、オンデマンド型自動運転送迎サービスの開発が始まりました。その翌年には実証実験、2022年に本サービス稼働という流れになっています。
技術を人の暮らしにどう着地させるか
最初は何を工夫していいかわからなかったと大岸は振り返ります。技術的な工夫はいくらでも思いつくけれど、実際にオペレーターとなるユーザー(石尾台地区の住民)が何を求めているかがわからないと、様々な試行錯誤を重ねました。例えば、予約は電話がいいのかアプリがいいのか、あるいは、いつでも予約できるようにするのか、前日だけにするのかなど、実際に使ってもらいフィードバックを受けて修正するというやり取りを繰り返しました。
1つ、カートが1台しかないことから、相乗り機能が必要だということはわかっていました。一方で、相乗りにより遅れが生じることを嫌がる人もいるという意見もでました。当日予約を可能とするか、アプリからの予約を受け付けるかについては、実験による試行錯誤がありました。最終的に、利用者の公平性を担保するため、利用者は相乗りに同意頂くという運用になりました。また、オペレーションの負荷を考慮した結果、電話による事前予約のみという運用になりました。
このように、細かな運用に関わることから大きな設計の変更につながることまで、いろいろなことにチャレンジしました。今回のプロジェクトの難しさとして大岸が挙げるのは、運用する側がどうかということも含めて、どういうサービスにしていくかという設計の部分です。オペレーションの負荷をどこまで許容し、サービスの質をどこまで担保できるか、そのバランスをうまく取る必要がありました。運用の主体は住民、中心になるのは地域の高齢者だからです。
地域の交通課題を解決するための自動運転システムの試み、実証実験は全国で数多く行われていますが、まだまだ実サービスとして導入できている地域は少ないというのが現状です。その点、住民主体の運用でサービスが継続運用されていることが、何よりうれしいと大岸は言います。
「我々はもともと研究所出身の人間で、技術を発表したりということはできていましたが、その技術が実用化されることを目の当たりにすることはなかなかありません。実用化に至ったこと、そして住民の方にも非常に喜んでもらえていることは、今回のプロジェクトをやってよかったなと思うところです」
人や地域を支えるモビリティ技術―KDDIの技術
「オンデマンド型自動運転送迎サービス」に活かされているKDDIの技術
KDDIは、このオンデマンド型自動運転送迎サービスの中で、名古屋大学と地元の企業である株式会社エクセイド(以下、エクセイド)が担当する自動運転システムと連携する運行管理システムを提供しています。
基本的な機能としては、乗車の予約を受け付け、要求に基づいて配車の調整をシステム内で行い、決定した配車に基づく経路をゆっくりカートに通知するという一連のオペレーションを自動化します。
まず、運行管理システム内の配車調整では、ゆっくりカートが走行可能な道路を定義した自動運転地図に基づいた経路検索を行い、最適な配車を決定します。配車が確定すると、ゆっくりカート内に設置したKDDIの車掌アプリにトリップ*1情報が通知されます。車掌アプリは自動運転システムと連携しており、アプリ内で経路登録や発車指示を行うと、自動運転システム側に次に走行する経路の登録や車両発進の指示を行うことができるようになっています。
特に配車計算の部分は重要で、KDDIの独自技術として「効率的なトリップを計算する手法」を新たに考案し、このシステムに取り入れています。まずは既存技術としてどういったものがあるかという調査から始め、配車計算と予約の状態管理など一連の技術を一から構築していきました。
*1:トリップとは、拠点から車両が出発して各ユーザーの乗り降りを行ったあとに最終的に拠点に戻ってくるまでの一連のプロセスを指す。
技術戦略本部 社会実装推進部の恋塚は言います。
「1年目はプロトタイプということもあり、ひと通りの機能を用意することを目標としていました。それを実証実験で実際に現地の住民の方に使っていただいて、フィードバックを受けながら調整していくという形でした。実際に使ってみて出てきた問題として、配車計算の時間の問題や操作性向上の要望など、いろいろな情報が挙がってきました」
配車計算の時間の問題とは、予約の数が多くなると計算量が増えることからオペレーターが配車検索ボタンを押してから結果が返ってくるまで時間がかかるという問題です。その間もお客様の電話応対をしているため、オペレーター側からするとそう長くは待てません。予約の数が多い場合でも10秒以内には結果が返せるよう、配車計算の内部処理の見直しを行いました。
また、配車検索時に希望時刻を満たす配車がなかった場合に、「配車結果なし」とする代わりに、希望時刻に近い配車を再提案する機能を加えました。その他、特にオンデマンド型自動運転送迎サービスでは適切な乗車予約管理が求められます。そのため、独自に考案した予約の整合性を担保するための仕組みが導入されています。
人に寄り添うシステムのあり方
実証実験段階から、名古屋大学およびエクセイドとシステム間連携について協議・実証・改善を重ねて開発してきましたが、連携する上での難しさを恋塚はこう指摘します。
「車掌アプリから経路情報を送信するのですが、誤った経路情報を送ってしまうと自動運転車がどういう挙動になるかわかりません。正確性が非常に重要となるところでしたので、十分に検証を重ねて間違いのない経路が送信されることを確認する必要がありました。提供段階においても、我々のシステムと名古屋大学のシステムを現地で実際に結合して、アプリから経路を登録し、発車ボタンを押して、問題なく車両が動くところまで、一連の動作を確認しました。そういう点も併せて、プロセスを入念に進める必要があったというところが難しい点でした」
発車指示を送ってから車が動き出すまでの遅延ラグをなるべく少なくしたい(遅くとも1秒以内)という要件に対し、ネットワーク構成を調整するなどの対応も必要でした。開発時にこうした個々の機能ごとの要件を定義し、設計するという点はシステム規模が大きかったこともあり、かなりの量にのぼったと言います。もちろん、エラーの切り分けも複数システムが連携するサービスでは難しくなります。双方のシステムログを突き合わせて解析したり、どちらに問題があったのか解明していく必要があります。
また、今回のサービスのもう1つのポイントは、予約受付や車内での車掌アプリの操作、そして運行の監視において、いかにオペレーターの負担を少なくするかという点にあります。前述のように、実際にオペレートするのは地域の住民となるため、わかりやすいインタフェースも必須でした。この点では、パソコンの使い方から、ユーザーから受けた予約要望をどのようにシステムに入力して検索すればいいかなどのレクチャーを現場で行ったり、直接、顔を会わせたことが、使いやすさの改善につながっていると言います。
今後の展開として、送迎以外の用途にも展開する可能性を視野に入れ、同じ春日井市石尾台地区にて2022年2月から3月にかけて、人の送迎に加え店舗からの商品配達を行う貨客混載型運行管理システムの実証実験を行っています。こうした用途と組み合わせることで、採算性を高めていく方向性も十分考えられるところです。
「理想は、各々のバックグラウンドにかかわらずすべての方が行きたいと思う場所に何の心配もなくいける送迎サービスの実現です。どういうインタフェースがよいかはまだわかりませんが、電話予約でもアプリでも気軽に自動運転車を呼べば目的地までストレスなく行くことができる。また、そういう送迎サービスが継続的に成り立つために必要なのは、長期的な運用体制の構築や、採算性を高めていくこと。なかなか難しいと思いますが、それを目指して今後も取り組んでいきたいと思っています」
必要なサービスを住民と企業と一緒に作り上げていく―春日井市の挑戦
地域が抱える課題にどう向き合うか
春日井市は名古屋市のベッドタウンとして発展してきた街で、書の三筆の一人である小野道風が生まれた地とも言われています。オンデマンド型自動運転送迎サービスを高蔵寺ニュータウン石尾台地区で進める、春日井市まちづくり推進部都市政策課 津田哲宏さんに話を伺いました。
高蔵寺ニュータウンは、春日井市の東部に位置し丘陵地を切り開いたところにあります。春日井市は2016年3月に「高蔵寺リ・ニュータウン計画」という行政計画を定め、高蔵寺ニュータウンを1つのモデル地区として、多様な施策を推進し、その成果を市全体へ横展開していくことを目指しています。一方で「名古屋大学COI」*2においてモビリティサービスを研究していた名古屋大学と、郊外団地型モデル(ニュータウンモデル)を作っていきたいという思いが合致します。そこで、名古屋大学が目指していた、ゴルフカートを使ったラストマイル自動運転サービスの実証実験が高蔵寺ニュータウンでスタートしました。
なぜ、石尾台地区だったのかというと、1つに、石尾台は高蔵寺ニュータウン全体より高齢化率が10%ほど高いエリアだという点です。また、丘陵地を切り開いたところで坂が厳しく、地区の中に生活に必要なスーパーや病院、薬局などあるものの、近い距離でも高齢者にとって移動が大変であるといった課題が顕在化しています。しかしその反面、住民の自治活動が活発で、自分たちで自主的に地域を盛り上げていくような活気のある方が多く住んでいると津田さんは言います。
「もともと住民の発意で外に出かけられない人たちを何とか外に連れ出したいと、近所のスーパーやクリニックなどにボランティアで送迎するということが行われていました。我々としても、せっかくの取り組みを終わらせたくない、名古屋大学と協力して技術を入れることによって、サービスとして持続可能なものにしていきたいという思いがありました」
オンデマンド型自動運転送迎サービスは現在、石尾台という700〜800m四方の狭いエリア内の移動に活用されています。住民からは、「買い物に行きやすくなった」「友達と一緒に集会に行けるようになった」「病院にも安心して行けるようになった」とうれしい反応があるそうです。
*2:センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム。文部科学省が採択する、10年後の目指すべき社会像を見据えたビジョン主導型のチャレンジング、ハイリスクな研究開発を最長で9年度支援するプログラム。
ワークショップ〜検討会〜準備会と、住民の意識変化
春日井市は、名古屋大学、株式会社エクセイド(以下、エクセイド)、KDDIと実証実験を進めながら、一方で名古屋大学の協力のもと、住民と地域の交通を考えるワークショップを重ねてきました。
そしてワークショップを数回重ねた上で、今度はサービスを考える検討会を立ち上げ、検討会を1年くらい続けてステップアップするような形で準備会に移行していきました。最後は、そこから今回のサービスを運営するNPO法人へなっていくわけですが、ここまでに3年以上かけています。
「まず、地域の移動を考えていこうということでワークショップをスタートしました。いま、サービスはどうだ、バスやタクシーはと。困っている人はどうだろうと。複数のグループに分けて、その中に地域の人もいれば、交通事業者もいれば、地域包括支援センターの職員に入ってもらったり、多様なステークホルダーが混ざったグループを作って話し合いをしてもらい、最終的にこの地域に何が必要か、をみんなで考えていきました」
並行して名古屋大学、エクセイド、KDDIらとの実証実験を行っていたため、住民の多くは、当初やはり「春日井市と大学、KDDIが何をしてくれるか」というような感じで話を聞いていたと言います。時間をかけて、ワークショップや検討会、と進めていくことで、「そうじゃない、自分たちでなんとかしないといけない」と住民の意識がより強く変化していったのです。それが今の活動につながっているということになります。
今、サービスの運営をNPO法人が担うことで、持続した運用ができるようになっています。一方で、NPO法人の幹部は平均75歳を過ぎており、層を厚くしていくことが次の課題だと津田さんは捉えています。
石尾台というモデル地区として、住民および行政それぞれの課題意識、大学のプロジェクト、そのつながりでKDDIとの接点もできたという形で、それらがうまく融合してオンデマンド型自動運転送迎サービスが形になったと言えます。ただ、サービスとしてスタートはしたものの、まだまだ過渡期で、大事なのは今後よりこのサービスを持続性のあるものに昇華していくことだと津田さんは言います。
KDDIのみなさんには、実証実験の段階から、ごく初期から地域に入ってくれているということは1つ大きいと感じています。その中で、徐々に地域との接点が大きくなってきているのではないかと感じています。地域の声をしっかり拾ってくださっている、地域、大学、KDDIでの話し合いの場を、連絡体制をしっかり敷いて、密にやらせていただいているので、いい関係は築けているのではないかと思います。ただ、サービス自体、仕組みとしてはまだ過渡期です。より便利に、より地域の人の負担が減るような形にできるよう、ぜひ一緒に走り続けてもらいたいと考えています」