いまも、学校に通えない子どもたちが世界各地にいます。住んでいる地域に学校がなかったり、あるいは学校があっても働かなければならなかったり、理由は様々ですが、グローバル世界の経済格差やコロナのパンデミックはその状況をより深刻なものにしています。
そんな中、KDDI財団ではアジアを中心に教育支援活動を継続的に行っています。カンボジアでは2005年に「チャリティコンサート開催による途上国教育支援」として小学校を建設して以来、取り組みを続けています。現在までに13校のKDDIスクールを開校し、運営を支えてきました。ネパールにおいては現地パートナーとともにICTを活用した教育支援事業を行っています。プログラミング学習の導入や、視聴覚に障がいを抱える子どもたちのためのデジタル教材の制作など、教育の質の向上のためにICTの技術を生かしています。
国際貢献の最前線で「誰もが等しく学習機会を得られる社会」の実現に取り組むKDDI財団・小島理代子*、中山善博、またパートナーとしてともにカンボジアにおける教育支援に取り組んでいるPeng TYさん(元World Assistance for Cambodia)に話を伺いました。
*取材当時・2023年3月退職
カンボジアに学校を作る
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カンボジアに学校を作るというプロジェクトは、KDDI財団の前身である(財)KDDIエンジニアリング・アンド・コンサルティング(以下KEC)が2005年に行った創立30周年記念のチャリティーコンサートから始まりました。その収益でカンボジアに小学校を1つ建てることになったのです。
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なぜ、カンボジアだったのか。クメール・ルージュ政権と冷戦の長期化がカンボジアという国に残した傷跡はとても深く、社会に必要な様々なインフラが破壊され、当時まだ教育システムもうまく機能していないという状況でした。学校の校舎も教員も教材も足りない、とても十分な教育を与えられる環境ではなかったのです。学校から離れた場所に住んでいたり、仕事の担い手として米作りや牛の世話、あるいは家事や幼い兄弟の世話などに忙しかったり、なかなか学校に通えないという子どもたちがたくさんいました。
KECでは創立30周年記念の一貫としてカンボジアで教育支援を行うWorld Assistance for Cambodia(以下WAfC/現在活動停止中)代表のバーナード・クリッシャー氏の講演を依頼したことから、このカンボジアの問題に向き合うことになったのです。
"学ぶ"喜びが連鎖していく
どこに小学校を建てるかは、最初の頃はカンボジアの教育・青年・スポーツ省が要望する候補から選定していましたが、取り組みを続ける中で教育の必要性が認知されるようになると、次第に現地の村やNPOから依頼が来るようになりました。また現地パートナーも積極的に候補地を探してくるようになり、そうした候補地からどこに学校を建設するのがよいか相談しながら、現在までに13校の小中学校を建設しています。
小島は担当者として、2007年、3校目の学校の視察からカンボジアを訪れるようになりました。まだその頃は親の世代が教育の必要性をあまり認識していない時代で農作業の繁忙期などは子どもたちを学校に行かせない親も多かったそうです。財団担当者は、多ければ年に2、3回、カンボジアに行きますが、普段のやり取りは主にメールで行います。
学校の課外授業として英語・パソコン教室を実施するとともに、いくつかのKDDIスクールでは、音楽や美術、運動会など、様々な取り組みを行っています。音楽や美術など、いわゆる実学とは少し異なる情操教育の導入は、手に職が付く実用的なことを学ばせたいと願う現地パートナーには当初、理解しがたいようでした。しかし、いざ音楽の授業が始まると、大きな声を張り上げて楽しそうに歌う子どもたちの姿に、英語やパソコンの授業とはまた違った教育のあり方を感じたようです。
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「鍵盤ハーモニカや楽器を持っていったときも、子どもたちは興味津々で、配られるのを待ちきれないほどでした。最初はトライアルということで、2人で1台を交代で使うようにしたのですが、それでもお互いに教えあったりしてとても楽しそうなのです。すぐに楽譜を読むのは難しいので、鍵盤のひとつひとつに色の違うシールを貼り、黒板には大きな五線紙に色付きの音符を書き込んだ紙を貼って、青の次は赤、次は黄色というように指で示し、それを見ながら演奏するというところから始めて、プノンペンのイオンモールでお披露目できるくらいにまで上達しました」(小島)
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そういう子どもたちの変化は周囲の大人にも影響します。美術教室にしても、子どもたちが描いた絵を家に持って帰ってもらい、「今日、これを描いたんだよ」と親に見せて、できたら部屋に飾ってもらいたい。親や周囲の大人をこの取り組みに巻き込みたいと考えたからです。それが少しずつ変化を起こしていきました。いまでは運動会も彼らが自分たちのやり方で行っています。親の世代の認識が変わってきているのです。
教育支援の本質は「自分たちでやるようにする」
学校があることの良さ、子どもたちが学校に通うことに関して、この十何年で理解が広がってきているのではないかと小島は捉えています。ただ、いくらその必要性が理解されたとしても、教員の給料や教室運営にかかる費用など、どんなに「自分たちで」と考えてもお金がなければ何をすることもできません。
そのため、今はまだ支援を続けないと難しいとした上で、必要性を理解してもらって自分たちでできるようにする、自分たちがやりたいと思うようにすることが本来の支援の形なのではないかと話します。
「国の義務教育の制度も整わないといけないのでなかなか難しいところですが、カンボジアも最近は政府を中心として教育にとても力を入れています。地域によっては先生のレベルもいろいろではありますが、たとえば、英語教室ではこんな教材を使って、もっとこのような授業をしたいと積極的な取り組みも見られるようになりました。現地パートナーからも、先月、先生のレベルを上げるために合同研修を開催したいという提案がありました。子どもたちが英語やパソコンができるようになったというところも非常に重要ですが、周りの環境が変わってきているということがある意味、教育支援になっていると思います」(小島)
ネパールでプログラミング教育
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ネパールの教育支援は2017年から始まり、プログラミング教育、視聴覚障害のある子どもたちのためのデジタル教材活用、そして、もう1つが学校へのコンピュータ導入という3つの柱で活動を進めています。ネパールではカンボジアのような学習機会の提供というより、教育の質に絞った支援を行うという形です。
なぜ、ネパールでプログラミング教育なのか。これは、現地の教育NPO(Open Learning Exchange Nepal)のメンバーとの交流を通じて、ネパールにおけるプログラミング教育への親和性の高さを感じたことがきっかけとなりました。彼らが進めていたのはデジタル教材で、当然、コンピュータを用いることになります。必要なハードとしてコンピュータがあれば、プログラミングの教育を提供することができます。また、ICT分野に力を入れるという教育方針を、国としてネパールが打ち出しています。そうしたネパールの事情ともマッチしたということになります。
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「ネパールでは、公立学校と私立学校の教育の質の格差がはっきりしています。私たちは公立の学校を支援していますが、公立の中でも都市部と田舎の地域差が存在します。そのため、プログラミング教育を学校のアピール材料として使ってくれるようになりました。プログラミング教育の支援を始めたことで、公立の学校に生徒が集まるようになったのです。以前は50人くらいしか生徒が集まらなかった学校に今は200人の生徒が通学しています、これは1つの成果ではないかと思っています。
まだ支援を始めて数年ということもあり、プログラミング教育による子どもたちの変化を具体的に示すのは難しいところですが、クラブ活動として続けている学校もあります。地域によっては、学校対抗のプログラミング競技会をしようという話も出ています」(中山)
デジタル教材の導入と視聴覚障がいの子どもたちの教育支援
ネパールにおいてもモバイル通信はかなり普及しており、スマートフォンを持っている人も多いのですが、授業では安定して利用できるようにインターネット回線は使わず、サーバを学校に設置し、子どもたちのコンピュータからアクセスしています。
また、耳が聞こえない、目が見えないという子どもたちの教育を支援できないかということで始まったのが、視聴覚に障がいを抱える子どもたちのためのデジタル教材の制作です。ネパールには視覚・聴覚の障がいを持つ人が多いと言われます。ここにきてコロナ・パンデミックにより、教育格差がより拡大することが懸念されていました。
そこで、手話の動画を教材の中に埋め込んだり、音声読み上げ機能を盛り込むなどデジタル教材を工夫して、障がいのある子どもたちに学ぶ機会を提供しています。
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「この取り組みは、非常に意味が大きいと考えています。より深刻なのは、視覚・聴覚に障がいのある人が孤立してしまいかねない状況です。たとえば、聴覚に障がいのある子どもは家族の中でのコミュニケーションも困難です。両親や兄弟も手話ができるわけではありません。でも、学校に行けば手話のできる先生と話すことができるし、デジタル教材で学習ができるのです」(中山)
ICTが社会に与えるベネフィットをどう捉えるのか。1つ言えるのは、誰もが公平にチャンスを得られる可能性が広がるということです。
ただ、ICTの活用でいろいろなことができるようになる一方で、そこに流れから外れてしまう人も出てきます。たとえば高齢者、高齢者全員がICTを使いこなすことは難しいかもしれません。そういう人たちに無理強いせず、見放すこともなく、一緒に進んでいくことが必要なのではないかと中山は話します。
「5年、10年後には、ICTを使うという感じではなく、知らないうちにICTを使っているという未来になるはずです。意識しなくても知らず知らずのうちにICTが社会に普及し、生活に溶け込んだ社会になるのだと思います」(中山)
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ゼロから教育インフラを再整備する
STORY1で紹介したように、カンボジアでの教育支援には現地のパートナーとしてWorld Assistance for Cambodia (以下WAfC)とタッグを組んでいましたが、活動停止中のため、現在はWAfCの元スタッフであったPeng TYさんと共に取り組んでいます。
KDDI財団の前身であるKECが当時のWAfCと協同し始めた頃、彼らが捉えていた最重要課題は、農村部に設備の整った新校舎と学習環境の整備を進めること、まずはカンボジアの教育インフラの再整備でした。それには、クメール・ルージュ政権と冷戦の長期化でカンボジアでは多くの人々が殺害され、社会インフラが徹底的に破壊されていたという背景がありました。
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初めての支援として、2005年11月にプレアビヒア州のポムオー村に1校目の小学校を建設しました。当初は継続した活動として計画していたわけではありませんでしたが、開校式に行ったKECの担当者は現地の様子に、まだまだ支援すべきことがあると考えたのです。子どもたちの学びの場として生活水準を向上させるべく、井戸や手洗い場、浄水器の整備といった衛生面の問題も解決する必要がありました。ノートやペン、定規、本などの読み物、教材などの学用品を提供するほか、教員も不足していたため、教師を派遣し、英語とコンピュータの授業支援を開始しました。
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KDDI財団の支援が入った地域では、教育環境が整備され、子どもたちは学習に集中できる快適な教室で勉強ができるようになりました。
英語やパソコン教室のほか、音楽、美術、運動会などを行い、子どもたちが楽しく学べるような課外授業を取り入れたことで、生徒たちは喜んで学校に通っていると、Peng TYさんは言います。そうした子どもの変化に、親や周りの大人も積極的に子どもたちを学校に送り出すようになっています。
また、カンボジアの技術進歩に伴い、学校でインターネットに接続できるようになり、生徒たちはより多くの情報やリソースを入手できるようになりました。Peng TYさんはその現状にしっかりとした手応えを感じています。
「学校は家の近所にあり、子どもたちは簡単に通うことができます。子どもたちや村の人たちは、パソコンやインターネットを通じて広い世界が小さく身近になり、自分たちが取り残されることなく、知識が日々向上していることを実感していると感じています」(Peng TYさん)
校長や地域のリーダーからの報告によると、すべての子どもたちが学校に通えるようになり中途退学者の数も大幅に減少し高校や大学に進学する生徒の割合が増加するなど、教育を受ける環境は格段に改善されています。
今では、英語やパソコンのスキルを身につけた子どもたちに対して就職の機会も広がっています。その結果、地域住民にも子どもたちの将来のために教育が重要であることが認識され、好循環を生み出しています。
カンボジアの教育をもっと飛躍させたい
2019年、KDDI財団創立10周年記念事業として、カンボジアの首都プノンペンから約65km離れたコンポンスプー州に、古いトタン屋根の教室に代わる11校目の校舎が建設されました。新校舎には、机や椅子、パソコンなどを完備し、子どもたちが快適に学習できる環境が整備されています。
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この新校舎は、地域の子どもたちにより良い教育を提供するための重要なマイルストーンであり、地域の若者の生活向上に向けた重要な一歩となっています。
Peng TYさんはさらなる改善事項として
①学校にパソコンを増設して、インターネットにアクセスできるようにする
②知識や教育技術を向上させるための定期的な研修会を実施し、スタッフ間で教育経験の共有・交換を行う
ことを目標に活動を進める予定です。
①として具体的には、英語教育、コンピュータ、インターネットアクセス、図書館、スポーツフィールドなどの資源も含めた学校インフラの構築に注力しています。物資の提供もそうですし、農村部の子どもたちが簡単にアクセスできるリソースの確保も必要になってきます。
②の点で目指すのは優秀な教育スタッフの育成です。子どもたちに質の高い教育を提供するにあたって、教師は重要な役割を果たします。そのために必要なスキルや知識を教育スタッフが習得できるよう、カンボジアの教職員の質を向上させることを計画しています。
そこにあるのは、国の将来の発展のために教育が重要であり、教育が経済成長と社会の進歩を促進する役割を担うというビジョンです。Peng TYさんは、外部団体の協力を得ながら、今後、カンボジアの教育セクターを発展させ、すべての子どもたちに提供される教育の質を向上させることを目指します。
「KDDI財団には引き続き支援いただき、これらの取り組みを通じて、すべての子どもたちが質の高い教育を受けられるようになり、カンボジアが発展し続ける明るい未来を実現したいと考えています」(Peng TYさん)