2023.12.08
生物情報可視化アプリ「Biome」×Starlinkでめざす、生物情報のデータプラットフォーム化
生物界のGoogleをめざして
生物の保全活動や研究は、どこにどんな生物が、どのくらい存在しているのかという分布データ(生物情報)が欠かせません。
「我々は、この生物情報を収集し、データプラットフォームを構築することを目指しています」と、株式会社バイオーム 取締役 COO 多賀洋輝さんは言います。
バイオーム社が開発したアプリ「Biome」は、「いつ、どこに、どんな生き物がいたのか」という生物の分布データを集めることを目的としています。
「目指すところは、『生物界のGoogle』です。Googleは世界中の検索ワードをデータプラットフォーム化しています。私たちは生物業界で同様のことを目指しているのです」
現在、バイオーム社のデータは、自治体との生物保全活動や研究をはじめ企業のCSR活動やTNFDの取り組みの基礎データとしても活用されています。さらに、エコツアーや都市設計など、会社を立ち上げる前には想像もしていなかったビジネスの可能性も見えてきたと、多賀さんは語ります。
特に印象的な活用例として、「リジェネラティブツーリズム」という新しい観光の形があります。これは、観光客が増えるほど自然が回復するという考え方で、北海道の上川町では、登山客が「Biome」を使って生物情報を投稿し、それを保全研究に役立てています。観光客の行動によって自然が保全され、その豊かな自然を目的に観光客が訪れるというポジティブなフィードバックループが生まれているのです。
完全独自開発のAIを搭載した「Biome」
アプリ「Biome」は、山登りのようなアウトドア活動として生き物探しを楽しんでもらうことを目指しています。
名前判定機能、SNS機能、コレクション機能、図鑑機能を備えており、生き物探しを総合的にサポートします。
生物調査を行うための最初の障壁は、その名前がわからないことです。
そこでバイオーム社は、生物の名前を判定するAIを開発しました。現在では、日本国内で見られる動植物のほぼ全種に外来種や一部の園芸品種も加えた、約10万種の動植物に対応しています。
このAIはバイオーム社の独自開発であり、他の情報提供アプリとは異なる特性を持っています。
例えば通常の情報提供アプリは、ある蝶の画像を判定すると、全世界の蝶のリストから検索を行う仕組みになっています。
しかし、生物は地域により異なるため、専門家が判定を行うときには、まず「夏に西表島で見られる蝶」のように具体的な条件で絞り込みを行います。
このアプローチをヒントに、データの位置情報や時間情報から、その時期・場所にいる生物リストを作成し、画像判定を行います。これにより、AIの精度が大幅に向上しました。
さらに、毎日大量に寄せられるユーザーからのデータにより、日々精度が向上しています。
西表島での外来種調査の目的
2023年9月、バイオーム、沖縄セルラー電話、KDDIは沖縄県西表島の電波の不安定なエリアで、Starlinkを活用した外来種調査を行いました。
生物調査は現場でのメモ取りや写真撮影後のデータ整理が非常に大変ですが、「Biome」を使えば現場でデータ収集をしながら整理ができます。
しかし、自然豊かな場所では通信が不安定なことが多く、「Biome」でのデータ収集が難しいことが課題でした。この課題を解決するために、コンパクトで持ち運び可能なStarlinkが活躍しました。
本取り組みにおけるバイオーム社の目標の一つは、集めたデータを生物保全に活用することです。特に外来種防除を重要課題として設定していました。島の生態系は外来種に対して非常に脆弱で、新たな強い生物が入ってくると、元々の生態系が立ち直ることが難しくなります。早期の発見と対応が重要ですが、観光客が「Biome」を使ってデータを提供してくれるようになれば、理想的な監視システムが実現できると考えています。
KDDIとの共創の意味―生物情報の収集に不可欠な情報インフラ
自然資本や生物多様性に関するプロジェクトは、そのスケールが非常に大きいため、情報通信、運輸業、プラント業など、広範囲の社会インフラを持つ企業とのパートナーシップが重要だと、多賀さんは考えていました。
「KDDIさんから声掛けをいただいた時には、『(待ち望んでいた機会が)来た!』という感じでした。KDDIさんはさまざまな研究開発を行っているので、Starlinkだけでなく海中のデータ収集方法など、他の領域でも一緒に取り組むことができるのではないかと期待しています」
生物多様性の普及と主流化をめざして
バイオーム社は、2つの大きなミッションを掲げています。1つ目は、生物多様性に関するプラットフォームを国内外に展開すること。そして、2つ目は、生物多様性の主流化です。
脱炭素などと比べて、生物多様性に関する認識は一般生活者の間で遅れています。行政や企業の動きは生活者の意識に大きく影響されるため、生活者に生物多様性に対する意識を持っていただくことが重要で、普及啓発活動を進める必要があると、多賀さんは語ります。
「『生物多様性とは何か』を理解できる人を増やすことが目標です。脱炭素と比べて生物多様性は複雑な領域ですが、既存のユーザーインターフェースをもつ我々こそが、分かりやすく伝えていかなければならないと考えています」