世界をつなぎ直したもうひとつの復旧「海底ケーブル」─東日本大震災から15年vol.4

東日本大震災から15年が過ぎました。未曾有の大災害を教訓に、KDDIは「つなぐ」という使命をより強く心に刻み、その進化の先にある「誰もが思いを実現できる社会」を目指してきました。「KDDIトビラ」では、震災直後・初動の通信復旧から地域社会の復興、そして将来の災害への備えまでを連載でお届けします。

第4回のテーマは「海底ケーブル」。あの災害は、日本国内の通信だけでなく、世界をつなぐ通信インフラにも大打撃を与えていました。当時も今も国際通信の根幹となっている海底ケーブルが日本近海で多数途絶、KDDIは世界各国と協力してその復旧に奔走しました。本記事ではそもそもの海底ケーブルの役割と合わせて、当時の復旧の舞台裏、そして15年を経て進化を続ける現在の取り組みについて、担当者の証言を交えて振り返ります。

海底ケーブルは国際通信の大動脈

私たちが日常的に利用しているスマートフォンの通信や動画配信、SNS、オンライン会議、クラウドサービスなど、通信の多くが海底に敷設された光ファイバーを通じて実現されています。とくに日本の国際通信においては、その約99%を支えているのが海底ケーブルです。

世界では約600本規模の海底ケーブルが運用され、総延長は約120万km、地球30周分にもおよんでいます。

海を渡って特定の地点同士を光ファイバーで直接つなぐことで、海底ケーブルは通信容量や遅延の面で、大きな強みを持っています。金融取引やデータセンター間接続など、わずかな遅延が影響を及ぼす分野においても欠かせないものです。

60年以上にわたって国際通信を支えてきたKDDI

日本で最初の海底ケーブルは1871年(明治4年)、長崎~上海、長崎~ウラジオストク間に築かれました。デンマークの大北電信会社(The Great Northern Telegraph. Co.)がモールス信号を送受信するためにつないだ海底電信ケーブルでした。その後、1964年にはKDDIの前身である国際電信電話株式会社(KDD)が電話疎通可能な日本初の太平洋横断海底ケーブルを敷設しました。以降、60年以上にわたり、KDDIは日本と世界を結ぶ国際通信の基盤づくりに関わってきました。

海底ケーブルは、ケーブルシップと呼ばれる敷設と修理を担当する専用の船舶で海上を航行してケーブルを送り出しながら敷設します。

海底ケーブル敷設の模様。沖合に停泊したケーブルシップからケーブルを送り出し、ブイなどで浮かせて、陸上にある「陸揚げ局」とつなぐ。その後、海底にケーブルを送り出しながら目的地まで航行する
海底ケーブル敷設の模様。沖合に停泊したケーブルシップからケーブルを送り出し、ブイなどで浮かせて、陸上にある「陸揚げ局」とつなぐ。その後、海底にケーブルを送り出しながら目的地まで航行する

KDDIの特長の一つは、自社グループでこのケーブルシップを保有し運航していることです。敷設だけでなく、障害発生時の修理までを自ら担う体制を持っている点は、大きな強みといえるでしょう。

KDDIグループが保有するケーブルシップ。左:KDDIオーシャンリンク(1992年就航)、右:KDDIケーブルインフィニティ(2019年就航)
KDDIグループが保有するケーブルシップ。左:KDDIオーシャンリンク(1992年就航)、右:KDDIケーブルインフィニティ(2019年就航)

船には、深海3,000メートル級の作業が可能なROV(遠隔操作ロボット)などの機器も搭載されています。海底のケーブル位置を確認し、引き揚げ、接続し、再び海底へ戻すという一連の作業を自社の技術者と設備で行える体制を整えてきました。

そうしたなかで2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。

断たれた海底ケーブルをつなぐべくケーブルシップ、出航

震災の発生により、千葉・茨城沖では、海底ケーブルが20カ所以上にわたり断絶しました。

2011年当時の日本近海の海底ケーブルの敷設状況と、東日本大震災による障害箇所
2011年当時の日本近海の海底ケーブルの敷設状況と、東日本大震災による障害箇所

揺れが起きたその瞬間、KDDIオーシャンリンク(KOL)は前年11月から従事していた別の修理作業で、千葉県沖にいました。現場にいたKDDIケーブルシップの天野 高志は振り返ります。

KDDIケーブルシップ 技術運航本部 運航部 天野 高志
KDDIケーブルシップ 技術運航本部 運航部 天野 高志

「3月11日はまさにその修理がちょうど終わる見込みの日でした。『もうちょっとで終わりだね』と船上で話していたところ、急に船が縦に揺れ出して、船長の指示で津波を避けるために、伊豆半島の島陰に避難したんです。 

地震で閉鎖されていた横浜港に帰港できたのが3月14日。3月17日から修理用ケーブル、水や食料、通常では使用しない放射線の線量計や防護服などを積み込み、3月21日に横浜港を出港して、3月22日に修理海域へ到着しました」(天野)

震災発生時のKDDIオーシャンリンクの船上の様子。全長133.16メートル、9,510トンの巨大な船が地震による大波にあおられる

ケーブル同時破断20カ所、土砂崩れ、5カ月間の修理の日々

海底ケーブルの修理を行うには、陸から復旧作業全体を統括する司令塔が必要です。国際海底ケーブルの修理優先順位の決定から、船の手配、そしてケーブル敷設の主体となる他の事業者「ケーブルオーナー」との調整まで、すべてを担い、復旧の最前線を指揮していたのが、KDDIの黒田 浩之です。黒田は入社から30年以上、一筋に海底ケーブルの仕事に情熱を注いできました。

KDDI ソリューション技術運用本部 グローバルインフラマネジメント部 黒田 浩之
KDDI ソリューション技術運用本部 グローバルインフラマネジメント部 黒田 浩之

「海底ケーブルは『ゾーン』と呼ばれる地理的なエリアに分けて保守・修理されています。世界の海域はいくつかの保守ゾーンに分けられており、同じゾーン内のケーブルオーナーが共同で修理体制を構築・維持しています。そのなかであらかじめ修理の優先順位や担当の修理船などを定めておくことで、障害発生時に迅速に出動できる体制を整えているんです」(黒田)

通常の修理対応は同時に1~3カ所程度です。しかし、東日本大震災の際は同時に20カ所もの障害が発生しました。

「より効率的に修理を進めるためにケーブルオーナーや外国の修理船運航者と調整を行う日々でした。1カ所修理が終わってもさらに新たな障害が見つかることもあり、復旧時期が見通せないなかでやれることをこなしました。私たちがなすべきは、粛々とひとつずつ修理を行うことだけでした」(黒田)

ケーブルシップからケーブル切断装備を海中に投入、障害のある箇所でケーブルを切断して船上に引き揚げます。光学的・電気的試験を行い、正常性を確認できたら、切断した反対側のケーブルを引き揚げて同様に正常性を確認。ケーブルシップ上で両端のあいだに予備ケーブルを挿入して接続します。

船上での“つなぎ直し”は手作業になります。

大容量のケーブルの根幹は髪の毛の細さほどの光ファイバー。揺れる船の上で精密な作業を行う
大容量のケーブルの根幹は髪の毛の細さほどの光ファイバー。揺れる船の上で精密な作業を行う

通常の修理作業でも1カ所あたり7~10日を要しますが、このときはさらに時間がかかったと、天野は振り返ります。

「海底で土砂崩れが発生し、ケーブルが埋没しているケースが多かったんです。千葉県沖合はケーブルが多数敷設されているためケーブル同士の交差や接近も多く、水深も2,000mから一番深いところで7,000m程度まで修理対応しました。深海では、フックのついたワイヤーを下ろし、まるで釣り針のようにケーブルを引っかけて巻き上げます。土砂に埋もれたケーブルが切れないよう、とにかく慎重に回収するため、非常に時間がかかりました」(天野)

海中から回収したケーブルと船内の予備ケーブルを接続し、修理完了した最終接続部を海中に投入する模様(画像はKDDIケーブルインフィニティでの作業)
海中から回収したケーブルと船内の予備ケーブルを接続し、修理完了した最終接続部を海中に投入する模様(画像はKDDIケーブルインフィニティでの作業)

復旧作業は150日を超え、途中、補給やケーブル積み込みのために寄港することはあったものの、最終的にKDDIオーシャンリンクが横浜に帰ってきたのは、2011年8月6日のことでした。

海底ケーブルは、「自然をどう受け入れ、向き合っていくか」

震災から15年。海底ケーブルを取り巻く環境は、当時とは比べ物にならないほど変化しました。動画配信やクラウド、AIの普及により、世界中の通信量は爆発的に増加しています。

この需要に応えるため、海底ケーブルの技術も飛躍的に進化しました。光ファイバーの多芯化が進み、1本のケーブルに収容されるファイバー数は増加、伝送容量も年々拡大し、ケーブル1本あたりで数百Tbps(テラビット毎秒)通信が可能になっています。これはいわば、一般家庭の光通信の数十万世帯分にあたります。

さらには、監視体制も高度化しています。海底ケーブルを海から陸へ引き込み、国内の通信ネットワークへ接続する拠点である「陸揚げ局」では遠隔監視や自動化が進み、海底ケーブルの異常を早期に検知できる仕組みも整えられています。

KDDIの主要な陸揚げ局のひとつ、千葉県南房総市にある「KDDI千倉海底線中継所」
KDDIの主要な陸揚げ局のひとつ、千葉県南房総市にある「KDDI千倉海底線中継所」

ただ、どれだけテクノロジーが進化しても、海底ケーブルが向き合うのは、「海」です。KDDIで海底ケーブルの計画策定や、容量増強・機器更新の調整などに取り組む伊藤 玄馬は、「大事なのは自然を受け入れること」だと話します。

KDDI ソリューション技術運用本部 グローバルインフラマネジメント部 伊藤 玄馬
KDDI ソリューション技術運用本部 グローバルインフラマネジメント部 伊藤 玄馬

「海底ケーブルは自然と向き合うインフラです。地震や海底地すべりといったリスクを避けるため、活断層や海溝の位置、地質など海底地形を丁寧に調査し、できる限り影響を受けにくいルートを選定します。ただ日本近海は地震が多く、完全にリスクを排除することはできません。だからこそ、ケーブルのルート選定とあわせて、複数の陸揚げ局やケーブルによる冗長構成(障害が発生してもサービスを継続できるよう、同じシステムを複数用意しておくこと)の確保や障害発生時の修理体制の整備まで含めて備えることが重要だと考えています」(伊藤)

自然災害で被害を受けにくい場所に敷設するだけでなく、「壊れること」も前提にする必要があります。

「たとえば2016年に日米をつないだケーブル『FASTER』は、東日本大震災の教訓をもとに、千倉から沖合で一旦南下させてから東に向かうようにルートを設計しています。さらに、日本の陸揚げ地点を千葉の千倉と三重の志摩に分散させるとともに、それぞれの陸揚げ局についても津波リスクを踏まえ、高台に配置するなど自然災害を前提にした設計を行っています」(伊藤)

2016年に敷設された日米間をつなぐケーブル「FASTER」
2016年に敷設された日米間をつなぐケーブル「FASTER」

国際通信の礎を築いたKDDIは、これからもつなぐ

海底ケーブルは、これまでも、そしてこれからも、世界をつなぐ重要なインフラであり続けます。震災の経験を経て、その重みはあらためて認識されました。日本初の太平洋横断海底ケーブルを敷設したKDDの技術と志を受け継ぎ、長年にわたり国際通信に関わってきたKDDIの技術者たちに、その思いを聞きました。

「地震によって私たちの使命が大きく変わったわけではありません。これまで当たり前に行ってきたことの精度を、さらに高める努力を続けてきただけです。この積み重ねを、また当たり前に続け、次の世代にしっかりと伝えていきたいです」(黒田)

「どんなに深く、どんな場所にあっても、海底ケーブルを必ず修理してきました。船を出しさえすれば、直しに行くことができる。この確立された技術と経験を、絶やすことなく継承していきたいです」(天野)

「私たちはどうあがいても自然に勝つことはできません。でも受け入れて、自然に合わせてより強靱な海底ケーブルで世界をつないでいくことはできると思います」(伊藤)

東日本大震災では、国内の通信だけでなく、日本と世界を結ぶ国際通信の重要性も改めて認識されました。海底ケーブルは、国と国、地域と地域を結び、世界中の通信を支える社会に欠かせないインフラです。

これまで積み重ねてきた海底ケーブルの経験と技術を継承し、万が一の事態にも迅速に通信を復旧できる体制を磨き続けています。過去の教訓を次の備えへと生かしながら、KDDIはこれからも「つなぐ」という使命を全うしていきます。

 

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