*国内初導入:2022年12月、国内通信事業者として
5Gエリアの拡大には基地局の設置が欠かせません。しかし、市町村が定めた景観地区*1やテーマパークなどにおいては、従来のようなアンテナが露出した構造の基地局では景観を損なってしまうため設置に工夫が必要です。その解決手段の1つとして開発されたのが「埋設型基地局」です。
埋設型基地局は、地中に基地局設備を設置して通信エリアを拡大する技術です。埋設型基地局を設置することによって、これまで基地局の設置が困難であったエリアにおいても、5Gエリアが拡大されることが期待されています。
KDDIは、2018年から埋設型基地局の商用運用に向けて検討を開始。そして2022年12月に東京都千代田区大手町で、国内通信事業者として初めて埋設型5G基地局の商用運用を開始しました。
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しかし、埋設型基地局の設計・施工には、排熱・防水の難しさなど乗り越えるべきハードルもありました。それらをパートナー企業とともにひとつひとつクリアすることで得られた今回の知見やノウハウは、今後の埋設型基地局設置に活かされていきます。
KDDIは、埋設型基地局によって、美しい景観を守りながら景観地区やテーマパーク、さらには都市部の人が密集するスポットなどでも快適な5G通信ができるよう努めてまいります。
*1 景観地区:2004年に施行された景観法の規定に基づき、市町村が市街地の良好な景観の形成を図るために、都市計画に定めた地区のこと。
基地局は設置場所ごとに工夫が必要
「5G通信で電波をお客さまの端末へ届けるためには、障害物の遮蔽が少ない場所を選び、そのエリアに適した基地局を設置しなければなりません。そのため一般的な5Gの基地局は、ビルの屋上や鉄塔、電柱などに設置されます」と話すのは、KDDI 技術統括本部 アクセス技術本部RANシステム設計部 無線設計グループの高橋順一です。
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建物が密集する都市部では、ビルの屋上などに「ビル屋上設置型」基地局が設置され、半径約1~3キロのエリアでの通信を可能にします。また郊外では、見通しのよい場所の高さ20~50メートルの鉄塔に「鉄塔設置型」の基地局を設置し、半径約3~6キロのエリアでの通信を可能にします。加えて電柱の上部に小型基地局を設置することで、半径約200~500メートルの小規模なエリアをカバーすることもあります。
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基地局に設置されるアンテナの形状も、「セクターアンテナ」「オムニアンテナ」「平面アンテナ」など配置エリアの状況に応じて使い分けられます。
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快適な5G通信のために、設置するエリアごとに多様な基地局やアンテナが使われている基地局ですが、アンテナや設備が露出していることで、景観にマッチしないという理由から、容易に設置できないケースもしばしばあります。特に、市町村が定める景観地区では、周囲の景観を乱さないよう、建造物の高さ制限のほか店舗の看板や壁面のデザインおよび色彩について規定があったり、配慮が求められたりします。
「景観地区においては、従来基地局やアンテナの塗装やデザインを変更して周囲に溶け込むような工夫を行ってきました。また基地局の無線機とアンテナの距離を離すことで景観に影響がでないような対策も行ってきました。しかし5G通信は周波数帯が高く、無線機とアンテナの距離が離れることで無線信号の損失が増える傾向があるため、基本的に無線機とアンテナを近くに設置しなければならないという制約があります」(高橋)
景観地区だけでなく都市部でも生かされる「埋設型基地局」
この課題を解決する手段の一つとして生まれたのが、地中に基地局設備を設置するハンドホール型の「埋設型基地局」です。ハンドホールとは、人が手を入れられる小型サイズのマンホールのことを指します。
「2021年7月に、ハンドホール型の無線基地局を対象として、総務省の電波保護指針の新制度が施行されました。これを受けてKDDIは、2018年から埋設型基地局の商用開始を検討し、そして2022年12月28日に国内通信事業者として初めて埋設型5G基地局の商用運用に成功しました」(高橋)
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この埋設型基地局は、東京・大手町にあるKDDI大手町ビルの植栽の中に埋設されており、一見すると単なる小型マンホールのように見えます。
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「大手町ビル周辺は、高層ビルに囲まれて5Gの電波が届きにくい環境にあります。また同時に景観に配慮すべき地域でもあり、従来型の基地局の設置が難しい状況だったのです。埋設型基地局では、無線機とアンテナをほぼ一体にして埋設できるため、両者の距離が離れてしまうという課題も解決できました。検証では、半径約50メートルの通信エリアが確保できることが確認できています」(高橋)
美しい街並みが統一された景観地区やテーマパークなどではもちろんのこと、都市部の人が集中するスポットにおいても、埋設型基地局が大きな役割を果たします。KDDIは今後、埋設型基地局の整備を進めることで、どこでも5Gエリアが快適に利用できる環境を進めてまいります。
経験のない埋設基地局を成功させるために
埋設型基地局の設計・開発にあたっては、さまざまな工夫が必要でした。
「これまでKDDIは多数の基地局を建設してきましたが、地下に埋設するという前例はありませんでした。まさに手探り状態で埋設型基地局の開発に取り組んだという印象です」と、KDDIエンジニアリング モバイル設計本部 設備設計部 附帯設計グループ 附帯設計チームリーダーの吉岡 亨は振り返ります。
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KDDIの埋設型基地局は、無線機を金属製エンクロージャー(筐体)*1に収容し、無線機とアンテナを接続して樹脂製のハンドホールに収容する二重構造になっています。そこに無線機に必要な電源と通信回線を引き込み、上面に電波透過性の高い樹脂製のトップカバー(蓋)を配置して地面に埋設します。
*1 筐体:機械を収める箱を指す
「従来の基地局は、外気に触れているため排熱についてはほとんど気にすることはありませんでした。しかし埋設型基地局では、埋設することで内部に熱がこもりやすくなるのは必然です。無線機は必ずしも熱に弱いというわけでもないのですが、熱によって電子部品の劣化が早まる可能性があります。そのため排熱の手段を確保する必要がありました」(吉岡)。
設計段階では、密閉された防水ケースの中に筐体を収納して排熱テストが重ねられ、金属製エンクロージャーによって効率良く熱を逃がせるようになりました。
また地中に埋設するため、浸水も気になります。屋外の基地局は雨に濡れることが想定されているため防水対策がなされていますが、地中の場合には、浸入した水に無線機が「浸る」ことが考えられます。
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「金属製エンクロージャーには水が入らないような設計に、ハンドホール筐体からは水が抜けるような設計に工夫されています。また万が一無線機が水に浸ってしまった場合は、状態異常を検知してアラームが発報され、即時対応できるようにしています」(吉岡)
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設置場所の選定や、施工方法の難しさがポイントに
埋設基地局を設置するためには、施工においてもこれまでにない苦労が伴います。
「埋設するために地表から150センチほど掘り下げますが、そのとき除去できないような大きな石の塊がでてきて、工事を一時中断することになりました。また、今回の大手町ビルは、植栽エリアだったため重機を入れることができず、すべて人力での作業となりました。こうしたことを含め、埋設型基地局では、設置場所の選定が大きなポイントになっていきそうです」(吉岡)
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施工が難しく、電波範囲も半径約50メートルとあまり広範囲ではない埋設型基地局ですが、それでも設置する価値は十分にあると吉岡は言います。
「景観地区は美観の面で大きな価値があります。また、都心の繁華街の待ち合わせスポットのような人がたくさん集まる場所では、トラフィックが増えるほどスループットが低下します。そうした場所に設置することで、より通信が快適になることが期待できます」(吉岡)
海外での経験が生かされた日本初の埋設型基地局
埋設型基地局の商用利用開始にはパートナー企業の協力も欠かせませんでした。今回の埋設型基地局プロジェクトで、無線機およびアンテナを除いたほぼ全般の部材を担当したのが、ドイツに本社を構え、さまざまな通信用部品の製造・販売を手がけるTelegärtner社の日本法人である日本テレガートナー株式会社です。
従来から同社は基地局に関連するさまざまな製品を、施工会社を通じてKDDIに供給してきましたが、今回の埋設基地局で本格的に協業という形でタッグを組みました。
「今回、無線機を格納する金属製エンクロージャー筐体、ハンドホール筐体、フタ部分となるトップカバーについて独自に開発しています。埋設型基地局は既にヨーロッパの通信事業者で採用されていて、弊社の協力会社が関連製品を提供しているという事例があります。それを日本の市場に合わせ、今回のプロジェクトに合わせて作り上げました」と話すのは、日本テレガートナー ソリューション営業部 マネージャー ICTビジネス担当の手塚 剛さんです。
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STORY #2でKDDIエンジニアリングの吉岡が語った、排熱と防水については、手塚さんも頭を悩ませました。
「防水性を高めるには密閉する必要がでてきますが、そうすると熱が逃げにくくなります。例えば、ファンを配置して排熱することも考えられますが、それでは防水性が低くなってしまうのです。そこのバランスを考えながら対策を練り、KDDIさんと打ち合わせを重ねながら製品をかたちにしていきました」(手塚さん)
また、蓋の部分であるトップカバーについても考慮する必要がありました。
「アンテナから発する電波を阻害しない素材を採用すると同時に、防水性を備え、かつ、ある程度の荷重に対する強度が必要でした。既存の素材をいくつか試しながら、国内の協力会社で試作し、テストを送り返しながら採用に至りました。海外での埋設型基地局の事例を把握していた経験が強みとなって、日本国内向けにカスタマイズできたと思っています」(手塚さん)
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議論と検証を繰り返し、仕様を決定
新型コロナウイルス禍により、対面でのミーティングが難しい状況で開発は進みました。しかし、「モノ」をつくる作業において実物が見られないため、なかなか合意がとれません。
「毎週のようにWebでのミーティングを重ねていましたが、直接会ってプロトタイプを見ればすぐわかることを、画面越しに伝えるのには苦労しました。直接会えるようになり製品を手に取ってもらって議論できるようになってから、プロジェクトは加速度的に進みました」(手塚さん)
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こうして仕様についてKDDIとディスカッションしながら、さまざまな検証を繰り返して最終的に今回の仕様が決定されました。今回のプロジェクトでエンクロージャーやハンドホールの筐体などの標準が固まったことで、今後埋設型基地局を増やしていくうえでの大きな一歩を踏み出したと言えます。
「何度も検証を繰り返す中で感じたのは、KDDIさんの“強い意志”でした。景観地区やテーマパークなどで埋設型基地局を設置することの重要性とともに、5Gエリアをさらに拡大したいという熱意を強く感じました。今後も5Gエリアの拡大に対して直接的、間接的にさまざまな提案をさせていただき、協力していきたいと考えています」(手塚さん)