2024.02.09

“教えない”美術教師の願い。「一度きりの子ども時代。心豊かに過ごして欲しい」

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小さな美術スクールは、創立者の笠原先生が「一度きりの子ども時代を心豊かに過ごして欲しい」と願い、2008年にアンコール・ワットのあるシェムリアップに開校しました。

「子どもたちは、いつまでも子どもでいられません。いつか大人になっていきますが、子ども時代に経験した喜びや楽しさを心に留め、生涯、自身を楽しませることができるようになって欲しいと願っています。1人で始めたために規模も小さく、カンボジア全体に何か大きく影響を与える活動ではありませんが、完全無料の美術スクールですので、意欲があれば、誰でも、いつでも表現活動ができます。開校から17年が経過し、カンボジアの美術文化を担う若者が育ってきています」(笠原知子先生)

小さな美術スクール 創設者 笠原知子先生小さな美術スクール 創設者 笠原知子先生

笠原先生は、なぜカンボジアの子どもたちに美術を教えようとしたのでしょうか。背景には、高校の美術教師としての経験がありました。ただし、それまでと大きく異なり、ここではあえて「教えない」と決めて臨んだといいます。

「学校教育科目に芸術がない子どもたちの前に画材を揃えて、あえて制限をせず、自由にさせたらどのような絵を描くのか、と考えました。すると、人の目を気にせず、心の赴くままに大胆に描きたいものを描き、子どもたちの満足度が非常に高いことに気付いたのです。子どもは大人ができないことができる。これは大発見でした。こうした文化的活動を通して、子どもたちが自らを育むことができていると思います」(笠原先生)

思いはカンボジアの青年たちに受け継がれる

小さな美術スクールの現在のスタッフおよび美術講師は9人。笠原先生の後継者として校長を務めるのは、チーウ・ヒーアさんです。養護施設で過ごしていたヒーアさんは、ガイドなどで需要の高い日本語通訳者を目指して学んでいました。スクール立ち上げに際して日本語が話せるスタッフを探していた笠原先生が、絵の出張授業でたびたび訪れていた施設からヒーアさんを紹介され、活動を共にするようになったそうです。

「シェムリアップ以外の他の村にも出張授業も行っていて、合わせて350人、月によっては400人が絵を学んでいます。生徒は6歳から10歳以下が多いのですが、年齢の上限はありません。より多くの子どもたちが勉強の楽しさを感じ、大人になってもその思いを忘れずにいてほしい。小さな美術スクールは美術を学べる貴重な場所なので、スクールで学んだ元生徒たちはスクールでの経験がとても楽しかったと話してくれます。それがとてもうれしいです。そして、その経験で得たその思いを別の子どもに伝えてほしいです」(ヒーアさん)

小さな美術スクール 校長・通訳・日本語教師・アーティスト チーウ・ヒーアさん小さな美術スクール 校長・通訳・日本語教師・アーティスト チーウ・ヒーアさん

現在、このスクールで美術教師として活動しているソー・ソヴァンモニーさんも、かつてここで絵を描いていた1人です。大学卒業後、一度は就職したものの教師としてスクールに戻ってきました。

「小さな美術スクールには当初は絵ではなく日本語を学びたくて通いましたが、通っている中ではじめて筆を持ち、徐々に絵を描くことの楽しさを知りました。そして教える立場になった今は、教えることの楽しさや、温かさを子どもたちから教えてもらっています。私たちのスクールの素晴らしさを国内はもちろん、世界中にも伝えていきたいです。また、KDDI財団で開催されるチャリティーコンサートのポスターにはスクールの子どもたちの作品が採用されています。最初は日本の子どもたちも絵を描くのに、なぜカンボジアの子どもの作品を採用するのか疑問を感じていました。しかし、現在はKDDI財団が私たちのパートナーとしてスクールの子どもや講師の作品を採用していることを知り、喜びを感じ、誇りを持っています」(ソヴァンモニーさん)

小さな美術スクール 美術教師・ウェブデザイナー ソー・ソヴァンモニーさん小さな美術スクール 美術教師・ウェブデザイナー ソー・ソヴァンモニーさん

20年前の出会いから生まれたドキュメンタリー映画「小さな美術スクール」

ヒーアさんは20年ほど前、ホームステイで岡山県を訪れる機会を得て、当時高校生だった映画監督の大西貴也さんと出会いました。その縁で昨年、ドキュメンタリー映画「小さな美術スクール」が制作・公開されました。

「私たちも普段、動画を撮影して発信しています。ところが彼が撮ると、スクールの魅力がより伝わる。映画を見た方は“みんなが頑張っている姿を見られた”と喜んでくれています。スクリーンに映る自分を見て、客観的にすごいなと思いました。子どもたちが楽しく絵を描いているところを、上手く撮ってくれています」(ヒーアさん、ソヴァンモニーさん)

これからもKDDI財団と協力し 子どもたちの目を輝かせたい

カンボジアの将来について、小さな美術スクールの活動を通して、笠原先生は以下のように語ります。
「KDDI財団が行なっているカンボジアでの学校建設は、辺境の地の子どもたちへの最高の贈りものになっています。文化の光の届かないところの子どもたちへの支援は、子どもたちに大きな喜びと希望を与えています。寄贈された新しい教室に出張授業で訪れた際の、満面の笑みで私たちを見つめる目が忘れられません。食物は身体の栄養ですが、文化は心の栄養です。子どもの成長にはこのどちらも欠かせません。幸い小さな美術スクールで育った青年たちが自国の子ども達へ、美術文化を伝えられるようになりました。指導する彼らが暮らしに困らず生きて行けるようにしながら、子どもたちの目の輝きを、知的にもっと輝かせたいのです」(笠原先生)

ヒーアさんはKDDI財団によって笠原先生の活動が継続できていることに感謝しながら、自分たちでも活動を広げるために模索しているようです。

「子どもたちを商業的に利用することなく、笠原先生の後を引き継いで、スクールを続ける方法を考えています。カンボジアには子どもたちが美術を学ぶ場が多くはないため、絵の喜びや楽しさを学べるチャンスを、これからもKDDI財団と協力しながら提供していきたいと思っています」(ヒーアさん)