「絵を描く喜び」でカンボジアの子どもたちの心に彩りを

開発途上国の子どもたちは、国が義務教育の制度を取り入れていたとしても、家庭の事情、学校や教員の不足などによって十分な教育を受けられない場合が少なくありません。また、国や地域によっては、芸術や文化に触れる機会が限られていることもあります。子どもの時に学んだ教育や芸術・文化は心豊かな感性を育み、生涯に渡って大きな影響を与えます。

KDDI財団は、開発途上国の子どもたちへ質の高い教育を提供するために教育文化支援を行っており、継続した支援に向け、国際協力事業の一環として「チャリティーコンサートクラシック」を毎年開催しています。このコンサートは2024年3月6日の開催で20周年を迎えます。コンサートの収益金と会場で集まった寄付金は、カンボジア、ミャンマー、ネパールでの教育充実のための活動に充てられています。

このチャリティーコンサートのポスターにはカンボジアにある「小さな美術スクール」の子どもたちが描いた作品が採用されています。カンボジアは1970年代後半のポル・ポト政権によって、教育者や文化人を中心に多くの国民が犠牲となり、たくさんの文化的活動も失われました。「小さな美術スクール」は、教育基盤の復興を手助けしようと、当時、東京都立高校の美術教師であった笠原知子先生が20年以上かけて資金を準備し、全額自己資金で2008年に開校した完全無料の美術スクールです。

そして、子どもたちが豊かな感性を育み、人格形成や生きる力を培う活動に貢献したいとの笠原先生の思いに共感して始まったのが、カンボジアの「小さな美術スクール」との協力事業でした。

笠原先生の願い、それを受け継ぐカンボジアの教え子たちの決意、そしてKDDI財団の思いを紹介します。

「“支援”ではなく、“協力“していきたい」 KDDI財団が続けてきた国際協力事業

KDDI財団は、公益財団法人として「国際的な視野のもと、わが国の内外において、ICT(情報通信技術)の恩恵を広く社会に還元し、ICTによる世界の調和ある健全な発展に寄与します」を基本理念に活動してきました。事業の柱の1つに「国際協力事業」があり、開発途上国においてICTを核としたハード・ソフト両面での支援を実施。また、開発途上国の持続的な発展に貢献するために、海外人材育成、デジタル・デバイド解消プロジェクトなど技術面での支援、パソコンや英語教室の企画・実施やKDDIスクール建設などの教育支援、カンボジア伝統芸能継承の文化支援を実施しています。

「財団の歴史をさかのぼると、前身の組織は1974年に設立されました。当時はKDD(国際電信電話)が国際通信専業事業者であったことから途上国支援には強い思いを持って取り組んでいました。その思いは50年が経過し、組織が変わった今も受け継ぎ、ICTの利活用を通じてSDGsなどの実現に向けて取り組んでいます」(KDDI財団 井上正純)

公益財団法人KDDI財団 井上正純

現在の形での途上国教育文化支援は、2005年にカンボジアで始まり、2014年からミャンマー、2019年からネパールと、3カ国に広がりました。

カンボジアでは「KDDIスクール」をこれまでに13校建設し、義務教育を受けやすい環境を整備しました。さらにパソコンや英語の課外授業、不定期で美術などの情操教育も行っています。また、ミャンマーでもパソコン、音楽、美術教育などを実施。ネパールではロボットプログラミング教育や視聴覚障がいのある生徒へのデジタル教材の提供にも取り組んでいます。
これからも長期的な国際協力関係を築くために取り組みを行っていきます。

20周年を迎えたチャリティーコンサートのきっかけ

こうした途上国教育文化支援を支える1つの活動が、「チャリティーコンサートクラシック」です。2024年の開催で20周年を迎えます。

「2005年にKDDI財団の前身である組織の30周年事業として講演会とチャリティーコンサートを企画しましたが、収益金の使途は決まっていませんでした。その講演会に登壇した方がジャーナリストでNGO『World Assistance for Cambodia』の創設者でもあるバーナード・クリッシャーさんでした。カンボジアの教育の実態などを話してくださったのがきっかけで、コンサートの収益金を使って学校を作ることになり、それから途上国支援のためのチャリティーコンサートという形で毎年実施する運びになりました」(KDDI財団 大坂智子)

公益財団法人KDDI財団 大坂智子

収益金は全てカンボジア、ミャンマー、ネパールの子どもたちの教育のために使われますが、KDDI財団から一方的に支援内容を決めることはないと大坂は話します。

「支援の内容については、現地の方と必ず打ち合わせを行い、現地のニーズとこちらができる協力内容をすり合わせたうえで決定しています。また、定期的に活動報告を受け、支援内容の充実を図るようにしています。」(大坂)

コンサートの会場には募金箱を設置しています。そこで集まった募金は「小さな美術スクール」の活動に充てられています。小さな美術スクールとの出会いは2012年、World Assistance for Cambodiaのチラシがきっかけでした。

「子どもたちや先生方の描いた絵が使われていて、コンサートのチラシに採用したいと考え、コンタクトを取ったところ快諾を得ました。それから長く協力の関係が続いています」(井上)

パートナーとともに協力関係を長く続けたい

もっと実用的な教育に資金を充ててはどうか。現地からはそんな声もありましたが、KDDI財団ではこれからも情操教育を含めた支援を継続していく方針です。職員たちが小さな美術スクールの創設者である笠原先生の思いに共感し、情操教育の必要性を理解しているからとKDDI財団の榊原守浩は話します。

「予算も職員も限られた活動ですが、途上国の支援活動は長く続けることが大事だという前提で、今後も現地のみなさんと対話し共に考えながら、双方が本当にやりたいことを続けていきたいです。小さな美術スクールについては、笠原先生ご自身がカンボジアの方の後継者を育て、思いを受け継いでいますので、これからも長く一緒に活動していきたいと思っています」(榊原)

公益財団法人KDDI財団 榊原守浩

「小さな美術スクールでは孤児院や小学校での出張授業も行っていると知り、2015年からは遠く離れたKDDIスクールへも足を運んでいただいています。チャリティーコンサートのポスターをはじめ、財団広報誌の表紙などのほか、存続の危機にあった現地の伝統芸能を伝えるための絵本作りなどで協力をお願いしています」(井上)

KDDI財団の支援に対し、笠原先生はいつも感謝の言葉を口にするそうです。しかし、3人の職員は異口同音に、こう話します。

「私たちこそ、コンサートのポスター製作をはじめ、さまざまな場面で力を貸していただき、本当に感謝しています。だから“支援”しているつもりはなくて、“協力”の関係だと思っています」

ポスターの絵を描く子供たち
チャリティーコンサートクラシック2024のポスター

“教えない”美術教師の願い。「一度きりの子ども時代。心豊かに過ごして欲しい」

小さな美術スクールは、創立者の笠原先生が「一度きりの子ども時代を心豊かに過ごして欲しい」と願い、2008年にアンコール・ワットのあるシェムリアップに開校しました。

「子どもたちは、いつまでも子どもでいられません。いつか大人になっていきますが、子ども時代に経験した喜びや楽しさを心に留め、生涯、自身を楽しませることができるようになって欲しいと願っています。1人で始めたために規模も小さく、カンボジア全体に何か大きく影響を与える活動ではありませんが、完全無料の美術スクールですので、意欲があれば、誰でも、いつでも表現活動ができます。開校から17年が経過し、カンボジアの美術文化を担う若者が育ってきています」(笠原知子先生)

小さな美術スクール 創設者 笠原知子先生

笠原先生は、なぜカンボジアの子どもたちに美術を教えようとしたのでしょうか。背景には、高校の美術教師としての経験がありました。ただし、それまでと大きく異なり、ここではあえて「教えない」と決めて臨んだといいます。

「学校教育科目に芸術がない子どもたちの前に画材を揃えて、あえて制限をせず、自由にさせたらどのような絵を描くのか、と考えました。すると、人の目を気にせず、心の赴くままに大胆に描きたいものを描き、子どもたちの満足度が非常に高いことに気付いたのです。子どもは大人ができないことができる。これは大発見でした。こうした文化的活動を通して、子どもたちが自らを育むことができていると思います」(笠原先生)

思いはカンボジアの青年たちに受け継がれる

小さな美術スクールの現在のスタッフおよび美術講師は9人。笠原先生の後継者として校長を務めるのは、チーウ・ヒーアさんです。養護施設で過ごしていたヒーアさんは、ガイドなどで需要の高い日本語通訳者を目指して学んでいました。スクール立ち上げに際して日本語が話せるスタッフを探していた笠原先生が、絵の出張授業でたびたび訪れていた施設からヒーアさんを紹介され、活動を共にするようになったそうです。

「シェムリアップ以外の他の村にも出張授業も行っていて、合わせて350人、月によっては400人が絵を学んでいます。生徒は6歳から10歳以下が多いのですが、年齢の上限はありません。より多くの子どもたちが勉強の楽しさを感じ、大人になってもその思いを忘れずにいてほしい。小さな美術スクールは美術を学べる貴重な場所なので、スクールで学んだ元生徒たちはスクールでの経験がとても楽しかったと話してくれます。それがとてもうれしいです。そして、その経験で得たその思いを別の子どもに伝えてほしいです」(ヒーアさん)

小さな美術スクール 校長・通訳・日本語教師・アーティスト チーウ・ヒーアさん

現在、このスクールで美術教師として活動しているソー・ソヴァンモニーさんも、かつてここで絵を描いていた1人です。大学卒業後、一度は就職したものの教師としてスクールに戻ってきました。

「小さな美術スクールには当初は絵ではなく日本語を学びたくて通いましたが、通っている中ではじめて筆を持ち、徐々に絵を描くことの楽しさを知りました。そして教える立場になった今は、教えることの楽しさや、温かさを子どもたちから教えてもらっています。私たちのスクールの素晴らしさを国内はもちろん、世界中にも伝えていきたいです。また、KDDI財団で開催されるチャリティーコンサートのポスターにはスクールの子どもたちの作品が採用されています。最初は日本の子どもたちも絵を描くのに、なぜカンボジアの子どもの作品を採用するのか疑問を感じていました。しかし、現在はKDDI財団が私たちのパートナーとしてスクールの子どもや講師の作品を採用していることを知り、喜びを感じ、誇りを持っています」(ソヴァンモニーさん)

小さな美術スクール 美術教師・ウェブデザイナー ソー・ソヴァンモニーさん

20年前の出会いから生まれたドキュメンタリー映画「小さな美術スクール」

ヒーアさんは20年ほど前、ホームステイで岡山県を訪れる機会を得て、当時高校生だった映画監督の大西貴也さんと出会いました。その縁で昨年、ドキュメンタリー映画「小さな美術スクール」が制作・公開されました。

「私たちも普段、動画を撮影して発信しています。ところが彼が撮ると、スクールの魅力がより伝わる。映画を見た方は“みんなが頑張っている姿を見られた”と喜んでくれています。スクリーンに映る自分を見て、客観的にすごいなと思いました。子どもたちが楽しく絵を描いているところを、上手く撮ってくれています」(ヒーアさん、ソヴァンモニーさん)

これからもKDDI財団と協力し 子どもたちの目を輝かせたい

カンボジアの将来について、小さな美術スクールの活動を通して、笠原先生は以下のように語ります。
「KDDI財団が行なっているカンボジアでの学校建設は、辺境の地の子どもたちへの最高の贈りものになっています。文化の光の届かないところの子どもたちへの支援は、子どもたちに大きな喜びと希望を与えています。寄贈された新しい教室に出張授業で訪れた際の、満面の笑みで私たちを見つめる目が忘れられません。食物は身体の栄養ですが、文化は心の栄養です。子どもの成長にはこのどちらも欠かせません。幸い小さな美術スクールで育った青年たちが自国の子ども達へ、美術文化を伝えられるようになりました。指導する彼らが暮らしに困らず生きて行けるようにしながら、子どもたちの目の輝きを、知的にもっと輝かせたいのです」(笠原先生)

ヒーアさんはKDDI財団によって笠原先生の活動が継続できていることに感謝しながら、自分たちでも活動を広げるために模索しているようです。

「子どもたちを商業的に利用することなく、笠原先生の後を引き継いで、スクールを続ける方法を考えています。カンボジアには子どもたちが美術を学ぶ場が多くはないため、絵の喜びや楽しさを学べるチャンスを、これからもKDDI財団と協力しながら提供していきたいと思っています」(ヒーアさん)

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